安藤隆人
「父の話よりも自分の話をしたい」。“大好きなGK”で羽ばたくための創意工夫(佐藤翼/東京Vユース・3年)|2世選手のリアル
Writer / 安藤隆人
Editor / 難波拓未
近年、日本代表やJリーグで活躍したレジェンドプレーヤーを父に持つ、“2世選手”が育成年代の強豪チームでプレーするようになっている。特別なバックグラウンドのある彼ら独自の思いや考えに迫り、サッカー界で上を目指す選手たちの等身大の姿を伝える企画「2世選手のリアル」。第2回は東京ヴェルディユースの3年生、佐藤翼に焦点を当てる。プロの世界で結果を残した父親と同じスポーツを始めると、『〇〇の息子』という枕詞は避けて通れない。しかし、その宿命に屈するのではなく、「〇〇の息子と言われないようにしたい」という葛藤と意地を発奮材料にする。“大好きなGK”で羽ばたくために──。
冷静沈着な佇まい
プリンスリーグ関東1部の首位を独走するのが、東京ヴェルディユースだ。第16節終了時点で14勝2分けと無類の強さを示している。リーグ最少の失点数も誇る堅守のチームで、絶対的な守護神となっているのが3年生GKの佐藤翼だ。
父親はかつてFC東京の名ウインガーとして名を馳せた佐藤由紀彦氏。名門・清水商業高校でエレガントなプレーで観客を魅了し、卒業後に清水エスパルスに加入すると、2度のJFLを経験しながらも、J1で148試合出場、J2で85試合出場。紆余曲折を経ながら20年のプロキャリアを積んだ苦労人であり、記憶に残るJリーガーだ。
その息子である翼は、178cmとGKにおいて大柄ではないが、戦況に応じて的確なポジションを取り、90分を通して絶え間ないコーチングで守備陣を巧みにコントロールするなど、抜群の安定感を誇る。
かつてGKを経験していた筆者が見ても、翼のゴール前での佇まいには大きな魅力を感じる。常に戦況を把握し、味方が動き出すタイミングを見計らってカバーリングやボールへのチャレンジなど具体的な指示を出す。そして、ロングボールやクロス、シュートへの対応ストップもバタバタすることなく、非常に落ち着いている。
「しっかりと周りを見て、伝えるべきことはきちんと伝えるなど、的確な声がけを意識しています。GKというポジションはボールが来なければそこまで目立つポジションではないし、もちろん(ボールは)来ないほうがいい。だからこそ、ボールが来る以外の時間でなにができるかが大事なんです。ただゴールを守るだけではなく、少しでもチームの助けになれたらと思って90分間声を出し続けています」
プリンス関東の第10節・鹿島学園戦。翼は言葉通り90分間集中を切らすことなく声を出し、押し込んでいた展開のなかで訪れるカウンターにも冷静に対処。後半終盤には鋭いターンから振り抜いてきた相手の枠内ミドルを、ボールの軌道上への正確な横っ飛びで手を伸ばしてビッグセーブで防ぎ、1-0の完封勝利に貢献した。
父・由紀彦の話よりも自分の話がしたい
「僕が集中を切らしてしまったら、1点を取られて、それでチームが負けることもある。いつシュートが来てもいいようにいい準備は常に心がけています」
しっかりとした受け答えをする翼の心に一歩踏み込んでみると、そこには『佐藤由紀彦の息子』と呼ばれることへの素直な想いとGKとしての確固たる矜恃があった。
「正直に言うと、そこまで好きではないです。こうして取材を受ける時に、父の話よりも自分の話をもっとしたいです」
本音だった。小さい頃からどうしても枕詞が付きまとう運命だが、やはりそこは1人の人間。自分のことをもっと見てほしいという気持ちを持つのは当然だ。そのうえで筆者が感じたのは、人に聞かれたことをしっかりと自分の言葉で答える真摯な姿勢だった。
「でも、父の話題が出てくるのは仕方がないことですし、決して答えたくないわけではありません。父は僕が小学生の時に現役を引退しているのですが、サッカーをするうえで必要なことだったり、食事のことだったりを教えてもらいました。高校3年生になるまでもいろいろ教えてくれます。父から聞いたことは参考にしていますし、常に父を超えたいという気持ちを持っています」
翼にとって父の存在は間違いなく大きなモチベーションになっていた。「超えたい」という純粋な気持ちが向上心に燃料を送り込み、日々の練習や過ごし方にも妥協をしない姿勢をもたらしている。
お手本は朴一圭
GKというポジションに対しても強い信念と誇りを持っている。GKを始めたのは小学校5年生の時、きっかけは「所属していた少年団にGKが足りず、たまたま僕に任せてもらった」という偶然が重なってのフィールドプレーヤーからのコンバートだった。
「めちゃくちゃ楽しくてずっとやっています」と口にしたように、たちまちGKに魅了された翼は、「GKのほうが上のステージに行けると思ったので決めました」と将来を切り開く本職として価値を見出した。
「僕はサイズがない分、セービング時のリーチがどうしても短いので、大きいGKよりも予備動作、予測、ステップが重要になります。準備の部分を意識しながらも、大きいGKにはない秀でたものをつくり上げないと厳しいと感じました。そこで考えたのは、もっと攻撃的なGKになることです。朴一圭(サガン鳥栖)選手を参考にしていて、足元がすごくうまくて、(ディフェンスラインの)背後の処理やシュートストップもうまいので、朴選手のように大柄ではなくてもいろいろな技術でカバーできるGKになりたいと思っています」
大好きなGKで上に行くためなら、必要な創意工夫はなんでもやる。翼にとって声出しも、その1つだ。
高校卒業後は大学への進学が決まっているという。高卒プロの夢は叶わなかったが、大学経由でプロ入りに目標を再設定し、これから自分がなにをすべきかを明確に見据えている。
「2024年の夏に日本クラブユースサッカー選手権(U-18)で負けてしまって全国のタイトルを失う悔しい思いをしたので、これからはプリンスリーグ関東優勝、(プレーオフを突破して)プレミアリーグ昇格が目標です。2025年に後輩たちがプレミアに上がって、その時、僕はもういませんが、プレミアの舞台で父が監督を務めるFC東京U-18との東京ダービーで勝利してくれることを心から願っているので、それを実現させるために今は全力を尽くしたいです。個人的には大学に進学するので、4年間で1つでも2つでも秀でたものを身につけてプロサッカー選手になりたいと思います」
ギラついた目は父親譲り。そして1人のサッカー選手としての矜恃がある男の表情は勇ましく、言葉に重みがある。宿命を力に変えて、佐藤翼は力強く羽ばたこうとしている。