安藤隆人
プロ輩出、全国常連の秘訣は人材育成力(高川学園高校)|春風が運ぶ新世代
Writer / 安藤隆人
Editor / 難波拓未
高校サッカーでは毎年2月、3月に全国各地で新人戦や複数のチームによるフェスティバルが開催され、4月から始まる高円宮杯プレミアリーグやプリンスリーグ、各都道府県リーグに向けた強化と育成に励んでいる。今回は春のフェスティバルにスポットを当て、そこで目に留まった選手やチームをピックアップ。全10回に渡って選手の特徴や背景、強豪校の立ち位置や展望、取り組みを掘り下げていく。最終回となる今回は、選手ではなく山口県・高川学園高校を紹介する。
(第10回/全10回)
筑波大を参考にした「部署活動」制度
山口県の強豪・高川学園高校。もしかすると昔からのサッカーファンには多々良学園高校という名前のほうが馴染み深いかもしれない。
伝統のオレンジと黒のユニフォーム。多々良学園時代は高松大樹、中原貴之、藏川洋平など多くのJリーガーを輩出し、2005年度の第84回全国高校サッカー選手権では初のベスト4進出を果たした。2006年途中で校名を高川学園に変更した後は、選手権でベスト4進出が2回、GK永石拓海(アビスパ福岡)、FW梅田魁人(水戸ホーリーホック)、FW山本駿亮(レノファ山口)など今もプロ選手を輩出し続ける名門だ。
記念すべき第100回大会となった2021年度の選手権では、セットプレーの際にゴール前で複数人が手をつなぎながら輪を作って回転する「トルメンタ」を披露。ベスト4に食い込み、一大旋風を巻き起こした。。
チーム力と選手の質の高さを誇る高川学園には、「部署活動」が存在する。部署活動とは、選手全員がサッカー部内に設けられた部署に所属し、チームのために各役割を全うする取り込みのことで、常に当事者意識をもちながらサッカーや日常生活に取り組んでいる。これは、全国レベルで好成績を残せている大きな理由の一つだろう。
部署活動は審判部や分析部、強化部、用具部などサッカーに関わることだけではなく、来客や遠征してきたチームをもてなす「おもてなし部」や、野菜などを育てる「農業部」、学校内の日常生活をサポートする「生活部」、チームの活動を発信する「広報部」など、個性的な部署も数多くある。
このユニークな活動が始まったのは2017年。きっかけは、2016年にサッカー部の江本孝監督が、筑波大学蹴球部の取り組みを知ったことだった。
筑波大は部内に、選手たち自身が主体的に部員たちのプレーやパフォーマンスの向上を図る「パフォーマンス局」を設けた。この局の中にデータ班、アナライズ班、ビデオ班、トレーニング班、フィットネス班などの部門が細分化されており、チームの強化システムを構築している。それが天皇杯ベスト8という大きな結果に結びついていた。
江本監督はこの成果と同時に、人間的な成長が得られるという側面に着目した。トップチーム、セカンドチーム、サードチームなどのカテゴリーに関わらず、部員の多くがそれぞれの役割をもち、チームのために主体的に動くことが、大きな効果をもたらすだろうと期待したのだ。
「ただ単にレギュラーになることや全国を目指すことなど、漠然とサッカーに取り組むのではなく、サッカー選手としても人間としても、自分が成長するためにもサッカー部のために取り組む姿勢を植え付けたかった」
実際に視察で筑波大に訪れ、小井土正亮監督とディスカッションをした上で、高川学園にも取り入れることを決めたことが始まりだった。
サッカーの枠を超えた人間的な成長を
「自主的に行動して当事者意識をもち、地域との深い関わりをもつことで自分たちが応援されている実感ことをしてほしかったし、なにより自分が活動した成果がサッカー部だけではなく、それを支えてくれたり、応援してくれたりする誰かの役に立つという経験を積んでほしかった。そうすることで選手たちの自律と自立につながると思いました」
このような江本監督の意図があり、サッカーに関わることだけではなく、「自分たちがいつも当たり前のように口にしているものを畑から耕して、育てて、収穫するという一連の作業を経験することで、もののありがたみやものづくりの大変さ、なによりみんなで力を合わせることで大事なチームワークも養ってほしかった」と農業部を立ち上げた。
農業部は学校内でほとんど使われていなかったスペースを雑草抜きから土地の整備まで自分たちの手で行い、そこに畑をつくって作物を育てている。それだけではない。近隣の農家の人たちが所有する畑を借りることで、地域の人たちとのつながりも生み出した。部員たちの手でつくり上げた作物は、お世話になっている人たちに配ったり、寮の食事に使ったり、学校周辺の道の駅で販売したりと、さらなる交流に加えて、物を売るという社会経験も含まれている。
「おもてなし部」はサッカー部への来客、練習試合や遠征などで訪れた相手チームに対して、飲み物や椅子を用意したり、施設の案内をしたり、相手チームのバスの清掃や洗車も行うなど、心のこもったおもてなしをする部署だ。
実際に2024年3月、筆者が同校で講演会をするためにグラウンドを訪れると、真っ先におもてなし部の選手たちが椅子やテントを用意し、飲み物のメニュー表を渡してくれた。
おもてなし部の歓迎を受けるなかで、グラウンドに目をやると、この日はBチームが滝川第二高校と練習試合をしていたのだが、試合に出ていない選手たちがキビキビと行動しているのが印象的だった。
おもてなし部が筆者だけではなく、滝川第二の選手、スタッフたちに声を掛けてサポートしている一方で、用具部の選手がボールやマーカーを並べ、用具を磨いて綺麗にする。グラウンド部の選手もグラウンド周りのゴミ拾いをしている。
さらに試合が行われているグラウンドの奥では、農業部の選手たちが農地に生えた雑草を抜きながら土を耕し、スタッフルームに行けば、分析部がパソコンで映像を見ながら資料作りを行っている。
部員それぞれが自分たちの役割を理解し、なにをすべきか考えて行動する。。この日常があるからこそ、高川学園は多くのJリーガーを輩出し、常連となっている全国大会でも結果を残せているのだ。2024年は4年ぶりにプリンスリーグ中国に昇格し、悲願のプレミアリーグ初昇格、全国ベスト4の壁を打ち破るためにチーム一丸となっている。
サッカーだけうまくなればいい、全国で結果を残せばいいのではなく、サッカー部に入った選手たちが自律・自立し、社会で活躍する人間に成長していくための土台を築く。結果として、それがサッカーの成績にもつながっていく。
高川学園の取り組みは、高校サッカーに留まらず、部活動のあり方、スポーツの活用など多くのヒントを与えてくれる。