プロへの登竜門、伝統の「背番号9」を託された男(矢崎レイス/尚志高校・3年)|安藤隆人の直送便(高校編)

安藤隆人

高校サッカー

2024.06.03

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プロへの登竜門、伝統の「背番号9」を託された男(矢崎レイス/尚志高校・3年)|安藤隆人の直送便(高校編)

安藤隆人

Writer / 安藤隆人

Editor / 難波拓未

高校や大学を中心に全国各地で精力的な取材を続ける“ユース教授”こと安藤隆人が注目したチームや選手をピックアップする「直送便」。高校編の今回は、福島県・尚志高校に焦点を当てる。この学校には、伝統のエースナンバーがある。山岸祐也(名古屋)、染野唯月(東京V)らが背負ってきた「背番号9」。2024年、その番号は矢崎レイス(3年)に継承された。2年間、トップチームでの出番がなかった矢崎がなぜ、9番を託されたのか。覚悟をもって入団した尚志での、ひたむきな努力に迫る──。

自分はうまいのか、ただ強いだけなのか

福島県にある私立尚志高校。これまで選手権ベスト4が2回、ユース年代最高峰のリーグである高円宮杯プレミアリーグに3度昇格。これまでは1年での降格となっていたが、3度目の昇格を果たした2023年は残留をつかみ取り、今年は初の2年目を迎えている。

全国トップクラスの強豪校の仲間入りを果たした尚志には、伝統のエースナンバーがある。かつて、山岸祐也(名古屋グランパス)、染野唯月(東京ヴェルディ)が背負ってきた「背番号9」だ2023年はずば抜けた身体能力とシュートセンスを誇るU-18日本代表候補の網代陽勇(早稲田大)が背負い、プレミアEASTで9ゴールをマーク。チームを2位に押し上げ、同時に初のプレミア“2年目突入”に導いた。

そして2024年、9番を託されたのが3年生のFW矢崎レイスだ。トルコ人の父親と日本人の母親をもつ矢崎は、178cmのサイズと屈強なフィジカルを武器に、キレのあるスピードと貪欲にボールを運んでいく前への推進力をもち合わせるストライカーである。だが、尚志に入ってからの2年間は、チームで一番の激戦区とされるFWのポジション争いに苦しみ続けた毎日だった。

矢崎が1年時は網代と、ずば抜けた突破力と得点感覚をもつ笹生悠太(國學院大)の2年生ストライカー、3年生のポストプレーヤー・鈴木虎太郎(産業能率大)が激しいポジション争いを演じていた。さらに2023年は網代と笹生に加え、ゴール前での勝負強さをもち、インターハイで得点王になった桜松駿(中央大)というハイレベルな3年生FWの3人がしのぎを削っていた。

この3人は練習でもライバル心をもってバチバチに争いながら、いざピッチに立つと息の合った連係プレーを見せてチームに大きなプラスをもたらしていた。チームプレーと個人の結果を両立させ続ける3人の背中を、矢崎はいつも見つめていた。

「ハイレベルな3人の争いに割って入りたかった気持ちは強くて、そのために出番を与えてもらっているセカンドチームのプリンスリーグ東北で結果を出そうと必死でした。でも、やはりプレミアリーグ、インターハイでは一度も食い込めなかったし、選手権はメンバー入りはできましたが、出番はなかった。正直、ずっと3年生があこがれの存在になっていました。と同時に、あこがれになってしまっていることが悔しかった」

この言葉に矢崎の人間性が凝縮されていた。「なぜトップに上がれないんだ」という気持ちよりも割って入るための努力が足りずに届かなかったという捉え方だった。つまり、ベクトルを自分に向けられている選手なのだ。

実際に矢崎が尚志にやってきた経緯も、自分自身に足りないものを補い、プレーの幅を広げるためであった。

「中学時代の僕は1人でゴリゴリ行くタイプでした。体は強かったので、多少無理な状態でもボールをもらって、強引に前に出るプレーをしていたんです。でも、僕の中には理想像がある。サッカーは11人でやるものなので、周りがつないでくれたパスを最後、決めなきゃいけないという重圧を感じながらフィニッシュしたり、周りの選手のために自分がオトリになったり、パスコースをつくったりするプレーをもっとしたいと思っていたんです。正直、自分はうまいのか、ただ強いだけなのか、どっちなのか悩んだこともありました。だからこそ、僕はパスサッカーをしていて、自分がピッチにいなくてもまったく問題なくできるチームで自分の価値を確かめたいというか、チャレンジしたいと思ったんです」

中学時代に所属したレストFC(埼玉県)では、自分の強みであるフィジカルを前面に出したプレーを武器としていた。それによって強烈な推進力や身体の使い方を磨くことができ、持ち味を確立させることはできた。その一方で、高校に行ってそれだけでは通用しないかもしれないという危機感も抱いていた。だからこそ、矢崎は自分の力のなさを痛感することを覚悟の上で、フィジカルでごまかすことのできない世界に飛び込んで自分を成長させる道を選んだ。

自分なりの“9番像”を見せるために

この覚悟が高校入学後もずっと変わらなかったからこそ、2年間トップチームでの出番が訪れなくても、偉大な先輩たちを参考しながら、ボールの動きに対しての自分の立ち位置や体の向き、動き出しを意識的に磨き、かつ足元の技術を参考にしながら身につけていった。

結果、セカンドチームのストライカーとしてプリンスリーグ東北で6ゴールを挙げるなど、チームの攻撃をけん引した。その活躍が評価され、U-17日本高校選抜候補に選出。そして、今年はエースナンバー「9」を託される存在となった。

「最初に9番をもらった時は自分が背負っていけるのか不安でした。でも、シーズンが始まったらそんなことは言っていられない。ボールを収めたり、自分で突破してフィニッシュまでいったり、攻撃全般に関わりながら点を決めることが役割だと思っているので、9番の自覚と共にそういうプレーをチームのために発揮することを意識しています」

プレミアEASTでは第5節終了時点でゴールは奪えていない。だが、矢崎のプレーからはチームのためにハードワークする精神と、貪欲にゴールに向かう姿勢がひしひしと伝わってくる。

「僕が動いてできたスペースを誰かが活用できるように、チームのために動き回りたいと思っています。でも、春のフェスティバルを通じてポストプレーや受けるプレーをし過ぎて、(仲村浩二)監督から『もっとゴールに向かう貪欲な姿勢が必要だ』と指摘をされてからは、中学時代にやっていた強引に運んでいったり、シュートを積極的に打ったりするプレーを表現しようと思っています」

原点回帰。それはただ昔の自分に戻るのではなく、尚志で学んだ周りを生かすプレーを磨いた上で“ゴリゴリなプレー”をすることで、着実に進化を遂げようとしている。今はそのステップアップへの「産みの苦しみ」の時期だ。

「結局、周りがうまくても最後は個。点を決めないFWは信頼されないし、替えはいくらでもいる。染野さんや網代くんのようになるには、任せるところは味方に任せて、やるとなったら自分で迷わずいく。このメリハリをつけることで、僕なりの9番を見せられると思っています」

自分の信念を信じて。「9番」という伝統を背中に宿した矢崎レイスは、爆発するための準備を怠ることなく前に進み続ける。

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