堀越高校提供/本田好伸
シン・ボトムアップという技術&マネジメント革新|N14中西メソッド×堀越高校の化学反応
Writer / 田中達郎
Editor / 本田好伸
全国高校サッカー選手権大会で“堀越旋風”を巻き起こし、選手が中心となり先発メンバーを決める「ボトムアップ方式」が一躍話題となった。そんな堀越高校を語る上で絶対に欠かせない存在が、他でもない佐藤実監督だ。高校生にチームを任せるとは、いったいどのような指導法なのか。それは、ボトムアップであって、ボトムアップでない──。そんな新境地とは。
(第4回/全4回)
言語化こそ、日本サッカーの底上げにつながる
「とにかくこれを11月までやろう。そうすれば選手権予選までに完成するだろうから」
2023年夏、堀越高校は壁にぶつかっていた。
試合のパフォーマンスが安定せず、結果が出ない。球際の強さなどインテンシティに目がいき、選手たちも自信をもってプレーできていなかった。
そんな時に現れたのが、中西哲生だった。「まずは話だけでも聞きたい」と佐藤実監督が知り合いを頼って中西にコンタクトを取ったところ、中西が練習に来てくれると、急展開をみせた。
7月末の練習初日、中西からあらゆる指導を受けた選手たちは、そのなかでも特に「パス&コントロール」のトレーニングに着目し、それから4カ月間、毎日メニューをこなした。
佐藤監督は選手たちから「あれほど熱心にサッカーを勉強する監督は見たことがない」と言われるほど、サッカーの指導に対して努力を惜しまない人間だ。数多くの指導理論に触れるなかで、N14中西メソッドに出会い、自らも実践してみることで、その理論への確信を得ていた。
「中西さんが言語化した『軸足抜き蹴り足着地』を自分でやってみて腑に落ちた経験がありました。それに、中西さんがテクニカルアドバイザーをされている筑波大学の調子がすごく良かったので、試合映像を編集して、選手にも見せました。個人練習に任せるのではなく、チーム全体で技術の底上げをしたいと、中西さんにお願いしたのが始まりです」
「止める」「蹴る」技術に、流行はない。どんな時代でも避けては通れない、すべてのプレーの根幹となるものだ。中西はこれまで個人に特化してトレーニングを続けてきたが、そのノウハウを磨く過程において筑波大でグループセッションの成果を得た。続けて、堀越高校では、グループ戦術という新たな指導フェーズでも着実にチームへの浸透を促している。
そのことを、佐藤監督自身も実感していた。
「私たち指導者が『これは今までの指導論と違う』とフィルターをかけてしまっては選手の可能性は広がらない。選手のリアクションがいいなら、今、俺たち堀越が頼るのは中西メソッドなんじゃないかと、実際に指導を受けて確信しました」
個人練習を受けた選手だけが上達してチーム内に技術格差が出てしまうと、一定の選手に依存してしまう危険性もある。だが、堀越高校は足並みがそろっていた。「中西さんが教えてくれたことは全部やってみよう」と、元キャプテン・中村健太(現拓殖大学)が中心となり、堀越高校は選手も指導者もN14中西メソッドに魅了されていった。
このメソッドのなにが、堀越高校を突き動かしたのか。
「言語化は絶対に必要なことです。選手たちが将来、指導者や子をもつ親になった時、なぜキックがうまくできるのかを言語化できれば、日本サッカーの底上げになり、中西さんが目指す『ワールドカップ優勝』に近づくと思いました。父親が中西メソッドを体現できたら、子供もきっとサッカーが楽しくなるはずです。中西さんが体系化されたメソッドは、本当にすごい。堀越だけに留まらず、日本中にもっともっと広げていく必要がありますね」
言語化という、N14中西メソッドの根幹を感じ取った佐藤監督は、中西との練習をすべて映像で録画し、さらに選手に伝えた言葉を一言一句、文字にして、選手に共有した。
文字にすること、言葉にすること。言語化こそが、堀越高校に必要なものだった。
「立場ではなく、人に伝える」という監督の教え
堀越高校は、日々の練習メニューも、試合に出場するメンバーも、交代選手も、すべてを選手たちが話し合って決めるチームだ。そのスタイルで全国高校サッカー選手権大会を勝ち上がったことで話題となり、メディアは「ボトムアップ」とはやし立てた。
ただし、言葉とは難しく、この「ボトムアップ」という言葉では“堀越スタイル”を的確に表現できない。そのことを練習を取材し、監督や選手に話を聞くなかで実感した。
「あくまで『ボトムアップ』と言えば伝わりやすいので、メディアの方々がそう表現してくださったにすぎません。サッカーは自分で考えるスポーツなので、選手がいろいろなものを取捨選択するのはむしろ普通のことだと思っています」
佐藤監督の言葉でフォーカスしたいのは「取捨選択する」というワードだ。
つまり、選手がすべてを「考え」ているわけではない。もう少し言うならば、事前に考えておいた“選択肢”のなかから、その時々で“選び取る”という作業が彼らの根底にある。
堀越高校では各学年に2人のリーダー、GKリーダー、キャプテンの計8人がリーダーグループとしてチームのあらゆることを決定する。「なんであいつが試合に出ているのか」と意見が出れば、下級生だろうとリーダー会議に意見を持ち込み、意思決定に参加する。
佐藤監督が就任してからあらゆる方法を模索したなかで、現在のリーダーの人数に行き着いた。「3年のリーダーを3人にする意見もあったが、キャプテンと合わせて4人になると、2対2で意見が分かれる可能性がある」ということもあった。意見が割れると意思決定のスピードは遅くなる。選手の感情ではなく、仕組みを整備することでチームを機能させてきた。この構造にしたことで、選手は日常的に自分の考えを発信する土壌ができた。
実際、紅白戦の前後でも選手たちが議論する際、上級生が下級生に意見を求めている姿もある。“下からの意見を吸い上げる”というニュアンスで言えば、まさにボトムアップだ。
ただし、これはボトムアップの一部に過ぎない。むしろ“トップ”の役割こそが重要だ。
「選手たちだけではどうしても限界があります。全部を選手が決めるというよりは、意思決定のプロセスを指導者が一緒になって考えていくことが基本スタンスにはあります。そうやって用意したものに対して、試合中も選手が勢いで『この作戦だ!』と決めるのではなく、いくつもの選択肢からどれを選ぶのか、その最後の部分を選手に委ねています」
選手の意思決定が尊重されるという点で、ボトムアップと言えば自由度が高いような印象を受けるが、その逆だ。勝っている、負けている、得点差や時間帯はどうか。さまざま状況を想定して選択肢を用意する堀越高校はむしろ、決まり事が多いかもしれない。
その決まり事をつくる過程で、選手の意思決定に寄り添い、助言し、選手が困った時に大きく道を外さないように導くのが佐藤監督だ。その伝え方にもポリシーが表れている。
「グダグダと長く伝えても成長はしないと思います。いい企業が、社長の一言で意図を汲んですぐに動けるように、意図が明確であれば長く話す必要はありません。伝えるべきことをできるだけ細分化して、その上でシンプルに伝えたいと思っています」
言語化を大事にするメソッドと、伝え方を大事にする監督と。中西と堀越高校がベストマッチな理由がよくわかる。選手はもちろんのこと、この監督あっての堀越高校なのだ。
「日本人は謙遜しがちですけど、やりたいことやなりたい姿を実直に言えることは大事です。気を遣って大人のように振る舞うのではなく、若い時は大きく出ていい。選手には『立場でしゃべるな。人に対して伝えなさい』と話しています。自分が伝えたいこと、やりたいことを明確にもっているから、中西さんの指導がうちの選手に合っているのかなと」
監督がすべてを考え、意思決定し、選手に伝える“トップダウン”が業界のスタンダードであるならば、その常識にとらわれず、目の前の選手と向き合った結果、逆行するような方法を用いたのが堀越流ボトムアップだ。選手はそれによって、可能性を大きく広げた。
「この子たちなら、できちゃうかもな」
そう感じた佐藤監督が、自らの指導の幅を広げたことで生まれた現在のスタイル。そして堀越流ボトムアップは中西との出会いでさらに進化を遂げた。技術が向上することでプレーの選択肢が増え、グループ全体の目線がそろうことでチーム力は飛躍する。
N14中西メソッドと堀越高校の化学反応で導き出された、言わば「シン・ボトムアップ」とは、日本サッカーの未来を担う育成年代に一石を投じる技術とマネジメント革新だ。