北原基行、いわきFC
J3で無双→J2でも証明された走力|いわきFCで起こす走りの革命
Writer / 舞野隼大
秋本真吾がスプリントコーチに就任して半年。選手のほぼ全員に変化が現れると、いわきFCは初参入のJ3で白星をどんどん重ねる。勢いそのままにJ2昇格を果たし、さらに上の舞台でも“走力”で違いを生み出した。選手になにが起きたのか。秋本の指導の真価とは。
(第2回/全3回)
速く走るために全力疾走禁止!?
秋本真吾がいわきFCのスプリントコーチに就任してから約半年が経った頃、興奮気味のフロントスタッフがこう告げてきた。
「もう結果が出ています!」
トレーニング中に選手一人ひとりの最高速度を測定すると、ほぼ全選手が自己ベストを更新したというのだ。秋本はその報せに喜びつつも、「まだまだ良くなる」と返した。
秋本によるいわきの走りの革命は、序章に過ぎなかった。トレーニングによる変化は「スピード」だけでなく「スタミナ」にも現れた。
選手たちは秋本から効率のいい走り方を吸収すると、HSR(ハイスピードランニング)時速19.8km以上で選手が走っている距離は1年前のJFL時代と比べて平均で115%も向上。中には140%の数値を示す試合もあった。付け加えると、その上さらに、走行中の肉離れの怪我の発生率もJ3の中で最も低かったという。
その要因の一つは、フォームの改善だ。走る動作を見直したことで筋肉に余計な負担がかからなくなり、いわきの選手は必要以上に疲れることがなくなっていた。
秋本が考えていたテーマは「いかに楽に速く」走れるか。そのために彼は、選手たちに意外なリクエストを出した。
「全力疾走はしないでください」
どういうことか。
「サッカー選手は頑張って歯を食いしばって力を出せば、スピードが出ると思っている傾向にありますが、それは矛盾しています。シュートを蹴る時にフォームを大事にすることと走ることは同じです。ボールを思い切り蹴ったら、変なところに飛びますよね?ただ努力度を上げて全力で走ることと速度が高まることは別で、正しい場所に足を接地することや、腕振りとのタイミングなど、適切な力発揮の連続が大切だと考えています」
秋本が要求した「スピードを上げるために頑張って走らない」ことは、目からウロコだったのだろう。選手は正しいフォームを意識しながら7、8割のパワーで走る練習に徹した。
「ミニハードルやマーカーを使って適切な歩幅設定を10cm単位で調整して、あなたはここ、あなたはここって走ってもらっていました。すると、『ミニハードルがあったほうがいい感覚で走れる』と選手たちは言い出すようになりました。そういう感覚を選手に植えつけていくと、気づいたら速度が出るようになっていました」
正しいフォームで走ることで効率性が高まり無駄な力も抜け、1本1本のスプリントで疲労しにくくなる。結果的に走行距離も向上した。そんな相乗効果が得られると、選手は「90分間止まらない、倒れないサッカー」という“いわきのスタイル”をこれまで以上に体現するように。8月から10月の間に2度の5連勝を果たし、初挑戦のJ3で独走状態のままリーグ終盤まで突っ走った。
秋本が就任1年目で重点を置いたのは「走り方を正すこと」だ。
ノウハウの全てを伝えていないなかでも大きな成果を出せたことで、「これでこんなにいくのか」という手応えと同時に、さらなる伸びしろを感じていた。
秋本といわきは、J参入初年度の2022シーズンにJ3優勝&J2昇格を果たした。
選手大量放出が物語る、選手の価値の高さ
踏み入れた新たなステージは、秋本にとっても衝撃の舞台だった。
「サッカーのレベルが違いました。走りだけで勝てるくらいの領域まで引き上げないといけないんだと痛感しました」
J1級の戦力を擁するビッグクラブもいれば、わずかなミスを突いてゴールを陥れる傑出したタレントもいる。J2初年度は、12勝11分19敗で18位に終わった。
だが、いわきがこの舞台で価値を示したことは明らかだった。
J1やJ2上位クラブへ7人の選手がステップアップを遂げたのだ。クラブにとって戦力の流出は大きな痛手である一方で、「いわきの選手はフィジカルも強いですし、走りに関しても距離も走れて速度も出せるのでそういった総合的な面で、上のクラブから声がかかるのでは」と、秋本は選手の能力の高さを強調した。
例えば、アルビレックス新潟に移籍した宮本英治の例だ。
「本気で海外に行きたいけど、僕のウィークポイントは走り。足を速くしたいんです」
宮本の熱意を受け取った秋本は、その意志に応えるようにトレーニングを強化して、彼の走力を引き上げた。当初、30.0km程度だった最高速度は、35.7kmまで跳ね上がった。世界最高峰と言われるプレミアリーグにおいて、トッテナムのDFミッキー・ファン・デ・フェンが2023シーズンにたたき出した最高速度は時速37.38kmだ。36.0km台を超えると“原付級”と揶揄されるような世界で、35.0km台後半は、超Jリーグ級と言える。
ファジアーノ岡山へ移籍した岩渕弘人も同様に「足が遅い」と言われていた選手だ。最終的には3kmもスピードを上げただけでなく、試合中に足をつる課題も、秋本から正しい走り方を教わったことで「びっくりするぐらい良くなった」と大きな改善が見られた。
その宮本と岩渕がスプリントで最高速度を記録し、劇的な逆転ゴールに絡んだ試合がある。
第25節の水戸ホーリーホック戦。3-3で迎えた88分、相手CKの二次攻撃を宮本がカットし、岩渕からのリターンを受けて相手ゴールまでドリブルで一気に駆け上がっていく。そして最後は、並走していた岩渕がラストパスをもらい、シュートを突き刺した。
クラブが強化を続けてきた「フィジカル」はもちろんのこと、「走りの質」が高い水準にあるからこそ、そのポテンシャルを買われてオファーがかかる。秋本にとっては、喜びも大きかった一方で、チームとしては当然、戦力の多くを放出したことで正念場だ。
「2024シーズンは勝負の年になりますよ。みんなが明らかに成長した姿で躍動したら、『いわき、すごいな』ってなると思うんです。そんなチームにしたいですね」
3年目を迎える秋本真吾といわきFCの挑戦は、すでに始まっている。
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