浦正弘
“鬼門仕様”…計算されたクロス多用。森保ジャパン2.0の徹底アプローチ|世界一へのファーストステップ
Writer / 小津那
Editor / 北健一郎
『クロス30本』……北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の開幕戦、日本代表が中国代表相手に記録したスタッツだ。中国代表戦前の直近2試合では10本以下、そして第2節バーレーン代表戦では15本と、ほぼ2倍の数字を記録した。一方的に押し込んだ試合展開だからこそ頻発していたように見えるが、中国代表戦後に選手たちの言葉を聞くと、この突出した数字は計算されたものだった。過去2大会連続で黒星を喫していたW杯アジア最終予選の開幕戦。“鬼門”突破へ、森保ジャパンの徹底したクロス多用を紐解いていく。
狙い続けた“WB to WB”
「ウイングバックからウイングバック(へのクロス)は狙っていました」
前半に16本のクロスを記録した中国代表戦後、左ウイングバック(WB)を務めた三笘薫がこの試合でのクロス多用に対するキーワードの“WB to WB”を発している。日本代表は前半、2つのクロス展開を攻撃の軸に置いていた。
4バックで臨むと見られた中、森保一監督は6月シリーズから試してきた3バックでのスタートを決断する。中国代表の4バックに対して「自分たちは1トップ+2シャドーにWBを含めた5枚で数的優位をつくる」(遠藤航)ことが狙いだった。
※09:46 堂安律が完全に空いた場面。谷口彰悟から左CBの町田浩樹へとパスが出た際に、中国代表がスライドして対応する。遠藤が語ったように、相手の4バックに対して1トップ+2シャドーにWBを含めた5枚で臨んだため、構造的に堂安がフリーとなったシーンだった。
主将の言葉通り、前半の45分は常に前線で1人がフリーになる状況が続き、シンプルにクロスを入れて数的優位の選手に合わせるアタックを何度も仕掛けた。システムの嚙み合わせによるミスマッチを徹底的に突く形で前半に16本のクロスを記録。特に三笘は左サイドからその半数近い7本のクロスを供給した。
そして“WB to WB”でゴールを脅かしていく。
右WBの堂安律と右シャドーの久保建英が入れ替わりながら幅を取ると、中国が4バックでの横スライドで対応したことにより、逆サイドの三笘がフリーになる場面が多発。”WB to WB”が効果的となるシチュエーションが整っていった。
最初に形になりかけたのは前半20分。三笘が左サイドでボールを持った際、ファーサイドにいた堂安がペナルティエリア内へ走り出してボールを呼び込む。これを見逃さなかった三笘はすかさず堂安を目掛けてクロスを入れるも、このボールを中央にいた南野拓実が頭で触り、惜しくも“WB to WB”とはならなかった。
「いつ来るかなと思いながら毎回走っていました」
右サイドの選手がボールを保持していた際は、逆サイドの三笘が手を挙げて何度もフリーであることをアピールしていた。「練習でも言われていた」という形を狙い続けたのだ。
「クロスの質次第ではあそこがフリーになっていて。やっぱり相手は4バックだとマークを決めきれないところがあったので、そこは毎回狙ってました」
そして前半アディショナルタイム、堂安のクロスからファーでフリーとなっていた三笘のヘディングで追加点の奪取に成功した。
「3回くらい来なかったので、今日は来ないかなと思いながら、最後に(ボールが逆サイドまで)出てくれたので良かったなと思います」
トライを続けた“WB to WB”が実を結んだ瞬間だった。
中国代表の5バック変更を逆手に取って
「前半終了間際から守備が機能していないことがわかった」
試合後にそう話したのは、中国代表のブランコ・イバンコビッチ監督だ。4年前の2021年9月2日、最終予選の初戦で日本代表を破ったオマーン代表を率いていた知将が、奇しくも”鬼門”突破を前に中国代表監督として再び立ちはだかっていた。
中国代表は後半から自陣ゴール前を数的同数で守れる5バックに変更する。ただし、日本代表はその変更すら逆手にとった。
[5-3-2]で重心の低くなった中国代表の守備に対し、今度はアタックポイントをライン間に設定する。手薄となった中国代表の中盤3枚のスペースを起点にした攻撃が中心となり、縦パスが前半から10本増加した。
※57:03の得点シーン 南野は中盤の後ろとCB前のスペース(ライン間)で待機し、町田浩樹から上田綺世へのクサビのパスの落としを受けてネットを揺らした。
「(相手の中盤の)後ろのスペースが空くから、5バックになってからのほうがやりやすかった」と語った南野の2得点がそこから生まれている。
中国代表のポジション変更に対して、日本代表はオフェンス面で柔軟に対応した。そして、クロスに対するアプローチにも繊細なアレンジが施されている。
前述の“WB to WB”に軸を置くことはブレず。三笘から堂安へのクロスは後半60分までに3本も上げられ、2人と入れ替わるように途中投入されてWBの位置に入った伊東純也から前田大然も2度の“WB to WB”にトライしている。
得点が生まれた86分は「クロスのアシストも狙い通りで、前田選手ならあそこに入ってくれるだろう」と語った伊東の思惑通り、右サイドからの内巻きのクロスに前田がファーで合わせてゴールネットを揺らした。
このゴールが生まれたクロスの球質と、“WB to WB”が遂行された位置に注目したい。後半このコンビネーションが発揮された5本全て、ペナルティエリア手前からのクロスだった。中国の5バック変更を逆手にとった攻め方を、クロスにも落とし込んでいたのだ。
「攻撃は(相手が)引いたところでのアイデアが必要だと思っていた」と三笘が語ったように、日本代表は起こる事象に対する引き出しを多く用意していた。森保監督はこの準備について「(初戦で再び負けるという)同じ轍を踏まないように。攻撃も守備も含め、どういう戦いをするかということをよりイメージできるように」取り組んでいたと明かしている。
中国代表戦で記録された「30」というクロス本数は、“鬼門仕様”に徹底的にアプローチされたものだった。
「過去の痛い経験のデータは消えませんが、過去を生かして成長している手応えをもてた」
試合後の記者会見で指揮官が言葉を紡いだのは、アップデートの大切さ。過去の痛みに矢印を向け、日本代表が一体となって中国代表の”傾向と対策”に取り組んだ結果、『クロス多用』の最適解を導き出し、『アジア最終予選史上最多得点』という120点満点で鬼門を突破した。