日本のGK指導をアップデートするプロジェクト始動|松本拓也GKアカデミー開講

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2024.05.15

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日本のGK指導をアップデートするプロジェクト始動|松本拓也GKアカデミー開講

福田悠

Writer / 福田悠

Interviewer / 福田悠

Editor / 難波拓未

GKが90分のなかでボールに触れる時間はわずか1分程度と言われている。5月30日(木)からWHITE BOARD SPORTSの主催でスタートする「松本拓也GKアカデミー」では、中村航輔や小久保玲央ブライアンなど多くのGK育成に関わってきた松本拓也氏が、現代サッカーに不可欠なGKメソッドとトレーニングを余すことなく伝える。日本GKコーチをけん引する松本氏に、GKアカデミーに対する情熱や狙いを語ってもらった。
(取材日:2024年5月13日)

日本のGK指導を底上げする

──全5回にわたって行われるGKアカデミーへの思い、開催の目的を聞かせてください。

今、ゴールキーパー(以下:GK)に関する知見は、本当に増えてきています。しかし、日本のGK育成がいい選手を継続的に輩出できているか、世界に羽ばたく選手を育てられているかを考えると、まだまだやれることはある気がします。

これは調べてもらえばわかると思いますが、Jリーグに60チームある中で、どれくらいの数のGKがそのクラブのアカデミーからトップ昇格を果たし、どれだけの選手がそのクラブで主力として活躍しているか?もしくは上のカテゴリーや海外にステップアップしているか?という視点で考えると、現状はまだまだ少ない気がします。

自分はたまたま選手やクラブに恵まれて、これまである程度の選手をプロに引き上げることができましたが、柏レイソルだけに限らず、同じような流れを生み出せる環境をもっといろんなところにつくることができれば、日本のGKのレベルはより上がっていくと思います。そういう流れをたくさんつくることで、まずはJリーグで活躍する日本人GKを増やし、将来的には世界トップクラスの実力を兼ね備えた日本人GKの誕生にもつながると考えています。

育成年代は、文字通り「育成」に費やせる時間が圧倒的にあります。その時間をどうやって使うか。今はGKの重要性も増え、それぞれの指導者がそれぞれのクラブで試行錯誤しながら懸命に取り組んでいますけど、僕のこれまでの指導経験をもとに考えるのは、みんなで足並みをそろえて取り組んだほうがレベルアップの近道になるんじゃないかなということです。今回のプロジェクトは、その動きを加速させていくきっかけになると考えています。

──広い視野をもって、GK指導を底上げしていく?

そうです。もちろんGKコーチだけの力ではありませんが、井上敬太(柏レイソルトップチームGKコーチ)と共に柏レイソルで約10年にわたって現在の指導組織のようなものをつくりました。その効果はトップ昇格した選手の顔ぶれを見てもらえれば分かってもらえると思いますし、指導者に関してもアカデミー出身の元GKが指導者になっているケースも少なくない。

僕自身、中村航輔選手がワールドカップに行ったタイミングで「もうレイソルではやり尽くした」と感じ、それまでに得た経験や知見をいろんなところに伝えていくことが役目だなと思い、柏レイソルを飛び出した部分もありました。おこがましいかもしれないですけど、日本全体のGK指導者のみんなで目線を合わせて育成していきたいという思いが一番大きいです。

それぞれの環境やレベルに合わせた、最適なトレーニング

──「松本拓也GKアカデミー」はGK指導を本気で学びたい人に参加してもらいたいプロジェクトになると思いますが、120分×5回の講義ではなにを学べるのか、松本さんはどんなことを伝えていきたいと考えていますか?

例えば海外からGKコーチを呼んで革新的なメソッドを学べたとするじゃないですか。でも、それを実践してみると、「やっぱり日本のやり方と少し違うんだよな」とか「海外ではうまくいっているけど、日本ではうまくいかないよな」ということがすごく多いと思うんです。なぜそれが起こるかというと、海外の方がスポットで来ても、日本の現状をわかっていない。

だから、それを学んだところで活用できる環境ではないことがほとんどじゃないかと思います。

それは僕がこれまでJ1、J2、J3のクラブで指導をしてきて、今は女子サッカーにも携わらせてもらっているなかで実際に感じました。

たしかに海外から取り入れたメソッドや指導方針はいいものですけど、それを日本の環境のなかでどのようにして発揮していくか。本プロジェクトでは、そういうところまで深く突っ込んで、それぞれの環境に最適化させて指導につなげていくところまでお伝えできると思います。

──なるほど。

それに加えて、海外から取り入れたメソッドや指導方針が日本でうまく生かされていない理由を掘り下げてお話できると思っていますので、そういうものを伝えていけたらいいなと思っています。

──松本さんは中学・高校の育成年代を指導して、J1、J2、J3、海外、女子サッカーとカテゴリーを網羅してプロ選手も教えられています。海外から入ってきたものをそのままコピーして使うのではなく、日本人に合った落とし込み方や日本独自の環境下で使う時のアレンジの仕方も含めた、松本さんならではの理論を学ぶことができるイメージでしょうか?

そうですね。今、僕は“ダン”ことシュミット・ダニエル選手(シント=トロイデン)をはじめ、日本トップレベルのGK数名のパフォーマンス向上のサポートをさせてもらっています。

そして、その選手たちからは、「こういうのはもっと早いうちにやっておけばよかった」「もっと早くから知っていたら、もっと自分のパフォーマンスが上がったんじゃないかな」と言ってもらうことも多くあります。

インターネットが普及したことで、今の若い指導者が得られる知見の数は本当に増えてきていますが、結局、知見はあるけどそれをプロ選手に対してどのように提示できているか、プロ選手がそれに対してどのように反応しているか。そういう視点で見ると、知見は広がっているけれど、それだけでは十分ではないし、知識や肌感だけでは足りません。

今の若い指導者は、GKコーチ以外の人でも分析力にすごく長けている一方で、机上の空論の部分も少なくない。現場で起きていることと、机上で起きていることをどのように融合させていくのか。そこが日本サッカーの今後のキーポイントだなと感じています。「それはわかるけど、でも……」ということがたぶん多いと思うんですよね。

僕はいろんなカテゴリーで指導させてもらった経験をもとに、日本の環境下のなかで理想に近づけるために、なにができるか。芝生のグラウンドがないとか、そういうなかでどのようにやっていくかということまでをきちんと整理してお話できるんじゃないかなと思っています。

応用の効く指導へのアップデート

──選手は試合で発揮できるようになって初めて段階が一つ上がると思うんですけど、その部分において松本さんが指導を続けてきて感じたことなどを、より広くシェアしていくのでしょうか?

はい。それと、指導者のあり方ですね。指導者は自分自身の価値を高めたいものですし、選手を早く代表に定着させたいので仕方がない部分もありますが、短期的な成果を重要視しがちのように感じています。

育成年代で代表に入ってきた選手は数多くいますけど、長期的な視点から考えると、それはあまり重要ではありません。育成年代の代表を出発点にするならば、なぜそのまま活躍を続ける選手とフェードアウトしていく選手に分かれていくのか、なにが分かれ目になるのか。そこが非常に重要です。

その先の成長曲線を考えると、44歳で現役を引退した南雄太さんのように長くプレーを続けることが指導の最終目標につながると思います。そこには「大怪我をしない、させない」ことも非常に大事な要素ですし、指導は奥深いところまで付き合って、体の使い方を万能にした上で、その先に少しずつ芽が出ていけば一番いいな、と。指導者として自分の名前を売るのではなく、みんなでいい選手を育てていくことの大事さと、「いい選手」の定義を含めて伝えていきたいです。

──GKはゴールを守るだけではないゲームへの関わり方も求められ、従来の指導アプローチだけではうまく適応できないという現状もあります。GKコーチも常に指導方針を含めたアップデートが必要ですか?

どれだけGKがチームの戦術に関われるかというのが一つ。あとはやはり、僕がトレーニングのなかで一番大事にしていることは、想定外をいかに想定内にするかというところです。GKは「うわ、やばい!」となった時にエラーが起きやすいと思っていて、そのエラーを練習でどのようにしてつくっていくのかが自分のトレーニングの特徴だと考えています。

予期せぬ事象に慌てるような状況をトレーニングでつくり、「大丈夫だ」と落ち着いて対処できるように鍛えていく。こういう考え方や練習方法は、ダン選手なども「こういうふうにやると実戦に強くなるよね」「感覚が体に残っていたから実戦でうまく対応できました」と言ってくれています。そうした点は自分の指導の特徴でもあり、応用の効いたトレーニングを中学生年代から継続的に積み重ねた結果として、プロになった時に差となって現れていくと思っています。

──「応用の効く指導」というのは、実戦を想定したトレーニングということでしょうか?

そうですね。技術練習やダイビングの仕方はYouTubeなどにもたくさんあって、日本のGKは右にも左にもダイビングできる一方で、右左どっちに飛ぶかわからない状況のなかで技術を発揮することは課題です。

他にも、シュートもあるし、スルーパスもあるし、バックパスもある状況でシュートを止めるような、リアリティのあるトレーニングの構築はこれからGKコーチにはより求められていくように感じます。もう、「練習上手な日本」のままでは世界に追いついていけないと思います。

もしも、1分後に大きな地震が来ることがわかれば、それを想定して物の置き場を考えたり、避難に必要なものを判断できたりするじゃないですか。想定外の状況をいつもトレーニングしておけば、いざそうなった時に冷静に対応できる。

それを中高の6年間のトレーニングでいかに鍛えていくか。その差が、それこそ中村航輔選手や小久保玲央ブライアン選手のような抜きん出た存在になっていった要因だと思っています。

──後々に効いてくる?

まさにそうですね。ドイツに行って感じた練習に対する考え方の違いも含めて、練習のための練習ではなく、より実戦を想定したトレーニングとその本質をお伝えできればと考えています。

身体の動かし方や技術を、実戦形式の中でやり込み、染み込ませていくのが自分の練習方法です。それを幼い頃から、身体でも頭でも理解しながらやっていくので、選手としては立ち返る場所があるし、選手から指導者になってもやってきたことを活用できます。

──最後に、GKアカデミーにはどういった人に参加してもらいたいかを含めて、メッセージをお願いします。

日本のGKのレベルは確実に高まっていますし、海外に行く選手も出てきたなかで、さらにそういう選手を継続的に輩出するために必要な力をみんなで身に付けて、集結させていく。そのために、まずはGKコーチの方が知見や知識をより深めていけるように力を注ぎたいです。

また、GKコーチとして自分の指導を確立できていない方の物差しになる機会にもできればと思っています。南雄太さんには、「選手の時に実際に身体を動かしながら教えてもらったことが指導者になった時にすごく生きている」と言ってもらえました。将来、指導者になることを考えている現役選手にもいい機会を提供できるはずですから、そうした方にもお届けできたらと思っています。

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