浦正弘
選手に“寄り添う”GK指導の原点とは(後編)|日本最高峰のGK座談会
Writer / 北健一郎
横浜F・マリノスで数々のGKを育て上げた、GK界の“レジェンド”松永成立氏。
W杯メンバー4回選出、GKとして初めてJリーグMVPに輝いた楢﨑正剛氏。
ドイツで最先端の理論を学び、日本のGKに刺激をもたらしている松本拓也氏。
松本氏の著書『サッカーGKパーフェクトマニュアル』に収録された日本トップレベルのGKコーチ3人によるスペシャル座談会を、「松本拓也GKアカデミー」開講を記念し、一部抜粋して再掲載する。
(後編)
※本座談会は2022年12月に実施したものです
GKは孤独なポジション
──試合で最大限のパフォーマンスを引き出すために、どんなアプローチをしますか?
松永 それぞれのGKコーチによってやり方は違うと思いますけど、うちの場合は試合と試合が1週間空く時は、試合の翌日をオフにして、2日練習してまたオフを挟んで、2日練習して試合というサイクルにすることが多いです。週4回のトレーニングのなかで「この要素とこの要素をやる」という大枠は決まっています。そこに試合や練習のなかで出た課題を時と場合によって加える。試合に向けてフィジカルを上げる要素も付け加えます。ただ、これが正解というのはありません。
松本 僕はお2人みたいにプロ選手としての経験がなく指導者になったので、Jリーグや日本代表のピッチに立った時に、どんな心境になるのかはわかりません。私も含めて高いレベルでのプレー経験がない指導者は、それをカバーするために理論に偏りがちです。ただ、実際にプレーする上では理論だけでは片づけられないものもあります。それをわかっていなければ、選手の心を本当の意味ではつかめません。
──GKコーチとの信頼関係があるかないかで、GKがピッチに出た時のパフォーマンスは変わってくると。
松本 そうです。あと、僕が大事にしているのは、楢﨑さんが先ほど話していたように、選手に「これだけやったんだから大丈夫」「試合中になにが起きても想定内」と思ってもらえるようにすること。自信をもった心理状態でピッチに送り出したいというのは常に考えています。
松永 GKは孤独なポジションです。孤独に打ち勝つためには、メンタルの強さが必要になりますが、もともとメンタルが強い選手ばかりではない。それでも強くいられるのは、練習や試合のなかでの積み重ねがあるからだと思います。
──GKコーチは選手のトレーニングに対するリアクションなど、あらゆるものを察知しながら、柔軟にプランを変えることが必要だと。
松本 ただ、松永さんみたいに練習を打ち切りにできる人はいません(笑)。
GK同士で技術を盗む
──2022シーズン、松永さんがGKコーチを務める横浜F・マリノスはリーグ優勝、高丘陽平選手はJリーグベストイレブンに選ばれましたね。
松永 高岳はすごく真摯で、真面目。僕への接し方と松本さんや楢﨑さんとの接し方も一緒だと思いますし、好奇心も向上心も強い。GKとしては未熟なところもありますけど、メンタルはトップクラスです。人間性というのはGKにとって大事な要素です。どんな環境で育ったのか、どういう人間に接してきたか。GKコーチには触れないところでもあります。
楢﨑 一緒にプレーした選手のなかでは、(川島)永嗣が一番野心にあふれていて、いろいろなものを盗んで取り入れようという気持ちが強かったですね。
──川島永嗣選手は大宮アルディージャから名古屋へ移籍した理由として、楢﨑さんという日本ナンバーワンのGKと一緒に練習したかったからだと語っています。
松永 すぐ近くで見られるのは本当にいいことだと思います。川島選手が日本トップレベルのGKになれたのは、楢﨑さんといういいお手本がいたからというのは間違いなくあるでしょう。
楢﨑 僕自身も新しい選手が日本代表に入ってきたら、どんなプレーをするのかと観察していました。2022年1月に「THE GK CAMP」というGKの選手だけで集まって自主トレをしたのですが、それぞれのGKによってプレースタイルに違いがあっておもしろかったです。だから、世界のトップ選手と練習してみたかったなというのは、今になって思います。
松本 川島選手と一緒に練習をしている時は、「見られているな」と感じながらやっていたんですか?
楢﨑 永嗣だけじゃなくて、全員に見られている感がありました(笑)。
松永 GK同士じゃなくても、コロナ禍じゃなければファン・サポーターの人も見に来ているわけだから、かなり視線を感じるでしょ?
楢﨑 はい。気を抜けないです(笑)。
GKコーチに伝えたいこと
──せっかくの機会なので、お互いに聞きたいことはありますか?
松永 僕から楢﨑さんに質問があるのですが、これから日本代表チームにより深く関わる可能性があるのかは聞きたいです。
楢﨑 そういう話はありません(笑)。
──権田修一選手のようにレギュラーGKが初めてのワールドカップに臨むケースは今後もあるはずです。その時、実際に本大会のピッチを踏んだ経験のある元選手がコーチにいると心強そうです。
松永 大きいと思います。楢崎コーチや(川口)能活のようなワールドカップに4大会関わっているGKが今は指導者としての道を歩んでいる。2人には自分の経験をどんどん還元していってほしいなと思っています。あるいは、松本さんのように海外に行った経験を伝えることも必要ですし、また異なるアプローチでGKのレベルを上げることができます。プロとしてプレーした経験がなくてもドイツの現場を見ているGKコーチは少ない。さまざまなバックグラウンドをもった人がいれば、日本のGK界は活性化するはずです。
楢﨑 逆に僕は、松永さんが日本代表に関わらないのかと思っています(笑)。
松永 僕は観客席から楢﨑さんや松本さんを見て、楽しんでいるのがいいんですね(笑)。
──永遠に議論を交わしていられそうですが、最後に日本中のGKコーチへ向けてメッセージをいただきたいです。
松本 今はGKに関するたくさんの情報があります。実際にそれを自分でやって、取捨選択しながら、子どもたちに還元してほしいと思います。あとは、GKコーチがクラブや監督の方々に認められることで、子どもを取り巻く環境はより良くなっていくと思っています。
楢﨑 今(座談会当時)はユースの選手を見ているので、上を目指す選手たちになりますけど、入り口が大事だと思っています。特に小学生年代に関わってくる人たちも学びながら「GKっていいよね」ということをみんなで常に発信していける状態が日本のGKのレベルアップにつながっていくはずです。「GKは楽しい」とか「GKをやりたい」と思ってもらえるように指導していきたいです。
松永 GKコーチをやみくもに増やしても仕方のない話で、まずはアカデミーや若年層の選手に“寄り添う”ことが大事だと思います。“寄り添う”というのは、その子の人間性やパフォーマンスを親身になって考えること。「この子のパフォーマンスをよくしよう」と思った時に、自分の知識がなければ、いろいろなものを見ると思いますし、聞くことになるはずです。そこで1つの判断基準が出て、「この場面で正しい守り方をするにはどうすればいいのか」と突き詰めて考えるようになると思います。自分が関わっている選手がシュートを止めた時、うれしそうな顔をしていたり、楽しそうな顔をしていると思います。そうすると選手もやる気が湧いてくるし、指導者もやる気が湧いてくる。優秀なGKが増えるということは、指導者のレベルが上がっているという証明ですし、今度はその指導者を見て真似をする指導者が出てきて、指導者のレベル向上につながっていく。そういうサイクルが全国各地で生まれてほしいなと思っています。