本田好伸
親が変われば、子供の未来が変わる|中西哲生が語る、サッカー新時代における親のあり方
Writer / 難波拓未
Editor / 本田好伸
日本代表・久保建英など数多くのトップ選手を指導するパーソナルコーチ・中西哲生氏が、サッカーをプレーする子供の保護者に向けたメッセージを届けた。テーマは、「サッカー新時代における親のあり方」。中西氏は、6月22日、23日に開催する「ホワイトボードカンファレンス」を前に一般向け特別講義を実施し、「我が子が世界で戦う選手になるために」なにをすべきか、どう考え、向き合うべきかを伝えた。
※写真は2021年12月27日~29日に行われたN14ウィンターキャンプ時に撮影
子供の成長に必要な親の振る舞い
「お子さんをどう伸ばすか、伸ばせるかに正解はありません」
中西哲生は、開口一番にこう言った。
プロサッカー選手になり、Jリーグで活躍し、日本代表や海外で活躍する選手に──。目指すべき場所は同じ方向かもしれない。しかし、性格や感性、身体能力などすべてが同じ人間はいない。高みを目指す「子」は千差万別であり、それぞれに合った育て方が存在する。
中西は久保建英が小学5年生の時からパーソナルコーチを務めてきた。現在ラ・リーガを代表する日本人選手に成長した久保の「親」は、どんな人なのか。
「僕の前では(親御さんが久保選手に)いろんなことを言っていた覚えはありません」
幼少期から“天才”と呼ばれてきた選手はきっと、熱心な親にいろんなことを教え込まれているに違いない。それが従来のイメージの一つだろう。幼い頃は自分で意志決定を行うことが難しく、夢という目的地があっても、どういうルートを辿っていけばいいかわからない。だから、親が蓄えた知識を提供することでレールを敷き、子がスポンジのような吸収力を発揮しながらそれに沿って成長する。強固な二人三脚で、天才キッズは形成されていく、と。
しかし、久保の親は違った。ただし、無関心だったわけではない。
「おそらくお父さんが久保選手に『こういう人がいるけど、1回トレーニングをやってみる?』と提案して、僕のところに依頼してくださったと思います。お父さんは、僕が久保選手を指導している時、どんなことを言っているかを注意深く聞いていた印象ですね。僕がやっていることを真剣に理解しようとしていたと感じました」
成長するために必要な情報を親がキャッチアップし、子供に提案する。親が“先導する”と言うよりも、成長のヒントやチャンスを与え、子供自身が主体的に取り組む。自主性を促すために、中西は「サッカーを楽しいと思う気持ち」が必要で、「サッカーだけをやらせるのではなく、いろんなことを経験させる。久保選手はサッカーの合間に川遊びなど自然に触れる遊びもよくしていたみたいです。僕も小さい頃はサッカーだけじゃなくて野球もしていましたし、虫取りをして遊ぶこともあった。そういうものから学べることもたくさんあります」と小学生らしさの重要性を述べた。
その一方で、「子供の頃から自分でしっかりと身の回りの準備ができる」など、自立できている選手には、サッカーにおいても成長速度の違いを感じているようだ。
サッカー以外の時間こそ親の出番
親とは、つい世話を焼いたり、甘やかしたりしてしまうことがあるなかで、どのようにして自立を促すべきなのか。
「しつけの部分で、どう関わっていくか。そこのさじ加減だと思います」
さじ加減……そこが一番の難題なのだ。中西は、わかりやすい事例を示す。
「僕はご飯を食べることも大事にしています。例えば、どちらを向いて食べるのか。正面になにを置くのか。左右均等に体を使えることが大事ですから。仮に噛む時に横を向いていると噛む動作も変わってきて、体のバランスが悪くなる。日常の所作でいろんな癖が出てくるので、ご両親には体の仕組みを理解して向き合ってほしい。そして、日頃から子供と接していて気になる動作があれば、なぜダメなのかを説明しながら早めに直してあげてください」
現代でも「サッカーはサッカーでしかうまくならない」と考える人もいるだろう。当然、ゴールデンエイジと呼ばれる小学生年代のうちからボールにたくさん触り、技術を習得することが重要なのは言うまでもない。ただし、先述した“他の遊び”を含め、日常が重要だ。
「日常の所作にすべてが出る。そこにサッカーの動作のすべてが詰まっています」
中西はそう断言する。「やれることは、全部やる。競争力が激しく、誰でも簡単に情報を得られる今の時代では、ほんの少しのところで差が出ますから」と。
日常がプレーに表れる。中西自身、選手と関わるなかでその考えの重要性を痛感している。
先日、U-23アジアカップに出場した内野航太郎(筑波大)に「日常が変わらないとプレーは変わらない」という話をすると、「日常生活ではフルスピードで走っているわけでもないし、マークがいるわけでもないのに、自分がやるべき正しい動きができない。日常生活で歩いている時に相手が来たら止まるとか、それで止まれなかったり、いったん止まった後にどちらの足から動き出すかとか。日常生活で意識していてもできないことがあるのに、それが無意識の状態になっているサッカーでできるわけがないですよね」という返答があったと言う。だから中西は、「日常を変えないといけない」と改めて伝えた。
サッカーを進化させようと思うなら、すべてがそこにつながるように生活する意識が大事だ。24時間ボールを蹴り続けることは不可能だ。食事も、お風呂も、睡眠も、あらゆる“サッカー以外の時間”がある。むしろその時間のほうが長い。サッカーの練習時間は限られている一方で、それ以外の時間をどれだけ有効活用できるかは、親が関与できる領域だ。子供の日常をどのように充実したものにできるかは、親にかかっている。
親は子供の良き質問者として“どう聞く”べきか?
そして中西は、理想の親のあり方について、こんなメッセージを伝えた。
「もちろん、個人差はあります。その上でお伝えするならば、どれだけ介入するかという介入度は考える必要があります。すごく介入してほしい子供もいるかもしれないし、そうではない子供もいる。そこは個人で異なる。どれくらい介入したほうがいいかを、常に測りながら関わっていく姿勢をもてるといいかもしれません」
親の介入度については、中村憲剛とも議論を交わしているようだ。2020年に現役を引退してから指導者の道を歩んでいると同時に、彼自身もサッカー選手の子供をもつ親である。
「憲剛さんは素晴らしい選手だったので、言いたいことや言えるアドバイスは山ほどある。だけど、そのなかでどれを言うか、なにを言うか、いつ言うか。現在進行形でサッカーを学んでいる親御さんは、それが難しいと思う。でも、思い返すと僕もそうでしたけど、うまくいかなかったことは自分が一番わかっている。親御さんの何気ない一言が、本人にとって言ってほしくないことかもしれない。だから僕は、うまくいかなかったことは聞かない」
つまり、どんなアプローチが効果的なのか。
「聞いてほしいのは、やっぱりうまくいった日です。『今日、うまくいったね』と伝えるなかで、なにがよかったのかを聞くことが親の大事な役目だと思っています」
頑張っている我が子を見ながら、活躍できなかったり、うまくいかなかったりした時に、「どうしてこうしなかったのか?」と聞きたくなる心理状態は想像できる。
ただしそれは、子供にとって悪影響となってしまいかねないのだ。
「人間は悪い記憶のほうが3倍定着するというデータがあります。つまり、なぜ失敗したのかを言語化すると、体が記憶してそっちに傾いてしまう。だから、うまくいったプレーを言語化して、なんでうまくいったかを選手の頭に刷り込んでいく。うまくいった時の記憶を3倍定着させないと、悪い記憶とイーブンにならないので」
では、どのようにして「なぜ、うまくいったのか」を言語化するのか。
「その時に用いるのが、選択式の質問です。『なんでうまくいったの?』と聞くと、子供は答えられません。例えば、『シュートを打つ瞬間は、GKを見ていた?それともボール?相手?』というふうに選択式の質問をして、本人に答えを選ばせる。そうすることで、うまくいったプレーの言語化が細かくなり、うまくいったプレーが、“うまくいった言葉”に変わる。自分のなかで定着できれば、うまくいったプレーに戻れます」
だから中西は、「親やコーチは良き質問者にならなければならない」と言う。
改めて整理するならば、親とは、子供にとって成長のヒントやチャンスを与える存在であり、日常生活を充実したものに導く担い手であり、そして、質問者である。
子供の成長には言語化が不可欠であり、そのためには親の存在がなによりも重要。サッカー新時代を生き抜く親のあり方とは、親が変われば、子供の未来が変わるということ──。