高橋学/伊藤千梅
「その場で飛んで、腕は最後に出す」。アップデート必須の最先端セービング理論|松本拓也が伝える、GK指導の本質
Writer / 福田悠
Editor / 難波拓未
ホワイトボードプレゼンツ『松本拓也GKアカデミー』が開講。「GK指導の“すべて”がここにある」をコンセプトに、全5回でGK指導を網羅的に学べる場がついにオープンした。
講師の松本拓也氏は、体系化されたGK理論をもつ国内屈指のエキスパートだ。育成年代からJリーグのトップチームまで、あらゆる年代・カテゴリーのGKコーチを歴任。中村航輔(ポルティモエンセ/ポルトガル)を筆頭に、柏レイソルのアカデミーからプロ入りを果たした多くのGKの育成に従事してきた。 20年以上にわたり第一線でプロ選手として活躍した南雄太氏は“日本におけるNo.1のGKコーチ”と称すなど、 現在もトップレベルで活躍するGKたちからアドバイスを求められる存在だ。また、現役時代に選手としてもプレーしたGK大国ドイツで最先端の指導理論を学ぶなど、今もなおアップデートを続けている。
この記事では本アカデミーの第2回「シュートストップ」の講義内容の一部をレポートとして共有する。
役割が増えても変わらない、シュートストップの重要性
第2回では「シュートストップ」をテーマに講義が行われた。第1回講義のレポート記事のなかでも紹介した通り、現代GKに求められる役割は多岐に渡っている。フットボールの変化に伴い近年特に重要視されている足元の技術なども含め、「なんでもできるGK」が理想だ。しかし、あらゆるGKのプレーのなかで最も重要でありプレーの基盤となるのは、この「シュートストップ」だろう。
どんなに足元の技術とビルドアップ能力に長けたGKであっても、肝心の対シュートのレベルが水準に達していなければ、試合に出場するのはやはり難しい。また、例えば戦術理解とコーチングが抜群に秀でたGKがいたとしても、シュート対応が不安定なGKのコーチングを、味方のフィールドプレーヤーが試合中に素直に聞き入れられるだろうか。答えはおそらくノーだ。伝えている内容がどんなに正しかったとしても、受け取る側の信頼を得ていなければ、せっかくのコーチングも無駄になってしまう。前提として安定したシュートストップがあってこそ、その言葉に重みが出るはずだ。GKにとってシュートストップは、すべてのプレーの根幹となるのだ。
「腕は最後に出す」
講義の第2回では、現代フットボールのGKに求められる様々なシュートストップが完全網羅されている。講義前半では、松本氏がその全技術を一つひとつていねいに解説。正面に飛んできたボールをキャッチする「オーバーハンドキャッチ」や「アンダーハンドキャッチ」に始まり、「コラプシング」(ボールに近い側の足を抜いて逆足で地面を蹴りながら体を素早く倒す技術)や「ダイビング」などのGKの華とも呼べる技術、さらにはセカンドボールへの起き上がり方に至るまで、松本氏がポイントを丹念に伝えている。
シュートストップの際に使われるあらゆる技術のなかで、松本氏がどのプレーにおいても共通して重きを置いているのが「腕は最後に出す」という点だ。
例えば、基本の「き」と言えるオーバーハンドキャッチ。GKのプレー経験がある人なら、「ボールを収めるイメージで」と教わった人も多いのではないだろうか。小学生年代のGK指導の現場を見ていても、先に両腕を前に伸ばしておいて、ボールが来たら勢いを殺しながら収めるようにキャッチしている様子を見掛けることがよくある。だが松本氏いわく、キャッチングは収めるのではなく「つかむ」イメージで行うといいのだという。
また、それはダイビングなど他のプレーでも同じだ。あくまでもまずは体をボールに向かって移動させ、最後に腕を伸ばす。理由は、「腕を先に伸ばすと足が動かなくなるから」だ。
思えば、野球の外野手も同様の動きをしている。フライの落下点に向かってスプリントする際、多くの選手はグラブを脇にたたんでいる。最初からグラブを出していると、スピードが出ないからだ。
この「腕は最後に出す」という松本氏の指導が実を結んだプレーがあった。2017年、日立柏サッカー場で行われたJ1第10節・柏レイソル対セレッソ大阪。1-0と柏1点リードで迎えた後半アディショナルタイム、セレッソの清武弘嗣がゴール前で右足を振り抜いた。強烈なシュートは味方DFの足に当たり、軌道が大きく変化。ボールの勢いは衰えないまま、ゴール上を鋭く襲ってきた。決まったかに見えたが、これに対して柏のGK中村航輔は咄嗟に左手で反応。決まっていれば同点というシュートを見事枠外に弾き出し、会場はどよめきにも似た歓声に包まれた。勝点3獲得に貢献する超ビッグセーブだった。
当時柏のトップチームでGKコーチを務めていた松本氏は、軌道が変化するシュートを止めるトレーニングも頻繁に行っており、その際に「腕は最後に出す」という指導を徹底していた。あのシュートも、腕が先に出てしまっていたら対応するのは難しかっただろう。中村は柏レイソルのアカデミー時代から松本氏に師事しており、GKコーチと選手の日々の積み重ねが結実したワンプレーだった。
世界の最新セービングは「その場で飛ぶ」
GKのシュートストップ技術も時代とともに進化を続けているが、2000年以降それが顕著なのが、体を倒すセービングの技術だ。コラプシングはすっかり必須スキルとなり、遠くに飛ぶダイビングもコラプシングありきのかたちに変化している。
30代以上の方は、ローリングダウンやダイビングに関して「ボールが飛んできた方向に近い足を一歩踏み出し、その足に体重を乗せて飛ぶ」と教わった方も多いのではないだろうか。1985年生まれで今年39歳になる筆者もその一人だ。だが、シュートスピードも格段に速くなった現代フットボールにおいて、ダイビングの前に大きくステップを入れる時間はもう残されていない。「その場で飛ぶ」のが現代のスタンダードだ。
まず、体から近いボールに対してはコラプシングで体を倒す。従来型のダイビングのようにボールに近い足を踏み出すのではなく、その場で払うように内側に抜き、逆足で地面を蹴ってボールに飛びつく。素早く体を倒すことができるので、体のすぐ外側に飛んできた低く速いシュートなどに対応するのに有効だ。
そしてコラプシングでは届かない、より遠くのシュートにダイビングする際は、コラプシング時に抜いていたボールに近い側の足を抜かずに体の真下にもっていき、逆足→近い足(体の真下の足)の順に、ほぼ同時に地面を蹴って体を飛ばす。従来型のワンステップダイビングと異なり、その場で飛ぶかたちになるので空中に飛び出すまでの所要時間が短い。この技術を習得することで、ゴール隅への手の到達が格段に速くなるのだ。
「一歩サイドステップする間に、速いシュートであれば9mほどゴール方向に進んできてしまいます。わずか数十cm横に移動する間にそれだけボールが進んでしまっては、そこからダイビングしてもシュートに間に合いません。今では海外のトップレベルのGKはもちろん、Jリーグでもノーステップで飛べる選手が増えてきています」(松本氏)
講義後半は、様々なサンプル映像とともに松本氏によるセービング解説が行われた。その映像を観ても顕著だが、世界のトップレベルのGKの多くがこの「その場で飛ぶ」セービングとコラプシングを自在に使い分けてゴールを守っている。
そして、この第2回の講義で紹介されたシュートストップのあらゆる技術を理想的に体現している選手がいるという。イタリアセリエA、インテル・ミラノ所属のGKヤン・ゾマーだ。身長183cmとGKとしては小柄ながら、鋭い予測とそこから割り出された正確なポジショニング、そして再現性の高いセービング技術でゴールを守る、現在EURO2024にも出場中のスイス代表守護神である。
松本氏の解説とともに改めて映像を見てみると、ゾマーの技術選択の適切さと、動きの無駄のなさを再確認させられる。四つ角に飛んできた際どいシュートに対しても、上記した逆足→近い足のダイビングで体が最短距離で着弾地点に向かう。そして、講義前半で松本氏が強調していたように「腕は最後に出す」ことで、シュートを弾くその瞬間に体が一直線に伸びる。一連の動作は実に無駄がなく、美しい。
このように、普段見ているGKたちが「なぜすごいのか」を理解でき、かつ具体的に「どうやっているのか」「そこに近づくにはどんなメニューを組んでトレーニングしていけばいいのか」まで完全網羅できるのが松本拓也GKアカデミー最大の特徴だ。育成年代からトップレベルにかけて、間違いなく自身のGK指導の糧となる内容の濃い講義が行われている。そして現役GKの皆さんにとっても、ご自身のプレーの改善に繋がるヒントが数多く見つかるはずだ。ぜひこの機会に受講をご検討してみてはいかがだろうか。
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