難波拓未
対策上等!?戦術ボードもさらけ出す密着ドキュメント誕生秘話|Jクラブを凌駕する、南葛SCのYouTube革命
Writer / 難波拓未
Editor / 北健一郎
2024年2月、関東サッカーリーグ1部の南葛SCがYouTubeで『南葛SC密着ドキュメント』を公開した。就任直後の風間八宏監督が練習で選手を指導している内容で、瞬く間に20万回以上再生され、8千人だったチャンネル登録が一気に2万人に増加。練習メニューに留まらず試合のロッカールームの様子も余すことなく公開するなど密着ドキュメントは、どのように誕生したのか。関東リーグで無類の“存在感”を発揮するクラブに焦点を当てる『Jクラブを凌駕する、南葛SCのYouTube革命』の全3回のうち1回目は、岩本義弘GMインタビュー前編をお届けする。
(第1回/全3回)
一度の監督NG以外は全部公開
──2024シーズンから風間八宏さんが監督に就任し、練習や試合の模様を赤裸々に伝える密着ドキュメントがYouTubeでスタートしました。
風間さんの監督就任が決まる前に、クラブスタッフの間で新規層を獲得するためにYouTubeが効果的なのではないかと話をしていました。その発端は毎年1月に、葛飾区と葛飾区教育委員会が主催し、南葛SCも運営として関わる「キャプテン翼CUP」というジュニアサッカー大会です。そこで毎年エキシビションマッチをしており、元日本代表選手や現役Jリーガーに参加してもらっているなか、ここ数年はサッカー系YouTuberを呼んでいるのですが、YouTuberの子供人気が圧倒的だったんです。親御さんなど大人には元日本代表選手やJリーガーが人気である一方で、子供で括ると全然違う。それを見た時は驚きましたし、“違和感”に似たものを感じました。
もちろんYouTuberはリスペクトしていますが、プロとして活躍するサッカー選手の人気が出ないのはおかしいなと。YouTuberのような動画をつくるのは難しいなか、それでもYouTubeというフォーマットを使ってしっかりとアピールしていく必要性を感じました。
2023年秋に風間さんに翌シーズンからチームを率いてもらうことが決まっていたので、「どういうふうにYouTubeに取り組むか?」をクラブ内で話し合いました。サッカーファンはなにを見たいのかを考えると、やっぱり風間さんの指導方法や考え方を全面的に出していくべきだと思い、練習と試合のほぼ全部を見せるという現在の方針になりました。
──練習の動画撮影を見学者に禁止しているJクラブも多いです。
Jリーグに限らず我々が所属する関東1部も、練習の根幹は監督やコーチが隠したがる部分です。でも、そこをあえて自分たちから出していく。試合前のロッカールームでのミーティングの様子やセットプレーの作戦ボードも動画に映していますけど、シーズン中に公開しているJクラブはありません。
──なぜ、それだけ内側を余すことなく公開できるのでしょうか?
南葛SCの場合は、事業と強化がすごく近いからです。GM(ゼネラルマネジャー)の私はその両方の責任者を担っています。YouTubeを通して観客数やクラブに興味をもってくれる人を増やすことが事業側で、風間さんを含めた現場のチームが強くなっていくことが強化側で、その2つが同じ方向を向いてクラブの両輪として動いています。だから、しっかりと予算をつけることができていますし、あらゆるところを見せられる。そこはクラブの強みでもあると感じています。
実は、一度だけカメラがミーティングに入れないことがあったんです。風間さんに理由を聞くと、カメラがあることで自分の言葉が“動画用”になってしまうことを避けたかったというものでした。逆に言うと、それ以外はすべて撮影していて、試合前やハーフタイムのミーティングも全部カメラが入っています。
──試合中はベンチ横に定点カメラがあり、監督の指示の様子も映っています。それによって対策されるなどのリスクも考えられますが。
サッカーに“同じ試合”はありません。動画に映っている部分をもとに研究してくるかもしれませんが、風間さんの考えは「研究されて勝てないんだったら本物じゃない」ということ。どんなに研究されても、圧倒的な技術があれば勝てる。例えばプロ選手が小学生と試合をしたら絶対にプロが勝つ。 そのように圧倒的な技術差があれば、いくら相手に研究されても関係ないと風間さんは常に言っています。
また、風間さんは昇格だけを目標に設定していません。もちろん勝ち負けは大事で、勝つためにサッカーをやっていますし、そのためにうまくなることを目指しています。でも、風間さんは「そもそもサッカーはみんな子供の頃から攻めるためにやっている」と考えています。「子供の頃から守るためにサッカーやっている人はいない」という考え方で、それはすごく本質的ですし、観客も守備を観に来ているわけではない。サッカーがゴールにボールを入れる回数で勝敗が決まる競技である以上、やっぱり攻撃が中心であるべき。競技の本質的なところを捉えた風間さんの考え方が、サッカークラブとして類を見ないほどYouTubeで内側を公開できている大きな要因だと思います。
『ガイアの夜明け』のディレクターが担当
──実際にどのような体制で制作されているのでしょうか?
動画づくりを専門とするディレクターと撮影スタッフにお願いしています。ディレクションをしている中泉裕矢さんは個人的な知り合いで、映像系の仕事をしているマスターが営むバーで出会いました。中泉さんはテレビ東京の「ガイアの夜明け」を担当されたこともある方で、ドキュメンタリーの経験があり、監督として映画も撮っていて、面白いカメラワークに惹かれました。サッカーのことは全然詳しくないけれども、そういう人のほうが子供にも伝わる映像をつくってくれそうという思いもあり、依頼しました。
──練習レポートは中泉さんが練習前ミーティングの内容を踏まえて臨機応変にディレクションしている様子でしたが、岩本さんと中泉さんはどれくらい連携しているのでしょうか?
かなりの頻度で連絡を取っていて、始動からの5か月間で方針を少しずつ変えています。そこはトライアンドエラーで、マンネリ化しないように工夫したり、試合に左右されない方向にしたりするなど、密にコミュニケーションを取っています。風間さんからも意見をもらうことがあるので、常にすり合わせをしています。
撮影スタッフとは現場で一緒になることもあり、その時に伝えていることは、「自分が作りたいものではなく、クラブのいいところをより多くの人に伝えられるものを作る」ということです。事実をねじ曲げない映像作りを意識してほしいとお願いしています。
──密着ドキュメントの1本目を公開すると、チャンネル登録者が8千人から約2万人(7月末現在は2.51万人)まで増えました。最初の反響をどのように感じていましたか?
「1本目が勝負」ということは広報メンバーとも話をしていて、今シーズン最初の練習をレポートする内容の動画を公開することに決めました。1本目がたくさん回ると、YouTubeのアルゴリズムでサッカーの動画を見ている人のオススメに出てくる。そういう人たちに見てもらい、より多くの人に届けることを意識しました。
実は“幻の1本目”があったんです。キャプテン翼CUPに密着した動画で撮影と編集をしてもらっていたのですが、狙いを踏まえて泣く泣くお蔵入りにさせてもらいました。
風間八宏監督とともに 新生・南葛SCが始動!|南葛SC密着ドキュメント #1
──密着ドキュメント1本目の再生数は現在23万回を超えています。
10万再生を目標にしていたので、倍以上の数字が出たことはよかったです。公開した2月に一気に登録者が増えましたが、3月と4月もJクラブを含めたサッカークラブにおける登録者数の増加はセレッソ大阪に次いで連続2位でした。