安藤隆人
日本一になった監督が全国無名校でリスタート(長谷川大監督/豊川高校)|安藤隆人の直送便(高校編)
Writer / 安藤隆人
Editor / 難波拓未
高校や大学を中心に全国各地で精力的な取材を続ける“ユース教授”こと安藤隆人が注目したチームや選手をピックアップする「直送便」。高校編の今回は、2021年度の高校サッカー選手権で、山梨学院高校を日本一に導いた長谷川大監督に焦点を当てる。一度、頂上の景色を見た者が、今度は下から頂上を目指す。次の挑戦は、全国出場経験のない豊川高校(愛知県)を率いることだった。なぜ1からの再出発を決断したのか。選手の成長と地域の発展を重んじる、指揮官の情熱に迫った──。
選手権優勝監督が全国で無名の高校へ
一度は頂点を見た者がまた1からのスタートを切り、再び頂を目指して歩を進める。
愛知県にある私立豊川高校を率いる長谷川大監督は、3年前の第100回全国高校サッカー選手権大会で山梨学院高校を2度目の選手権制覇に導いた指揮官だ。
決勝の青森山田高校戦では安斎颯馬、松木玖生(共にFC東京)、宇野禅斗(FC町田ゼルビア)、藤原優大(大分トリニータ)らを擁する相手に対し、イヤフォンを片耳につけてスタンドからの分析を参考にしながら、緻密な戦い方で応戦。PK戦の末、高校サッカー界の横綱を倒して栄冠をつかみ取った。
長谷川監督のキャリアはそれだけではない。指導者の始まりは母校でもある秋田商業高校だった。選手権最多出場を誇る伝統校を指揮し、Jリーガーも多く輩出した。その後、神奈川大学の監督に就任すると、伊東純也(スタッド・ランス)などを指導し、4年間チームを率いた。2019年からは山梨学院大学のヘッドコーチに着任し、シーズン途中に山梨学院高の監督に就任。選手権優勝は就任2年目での快挙だった。
その名将が次に選んだのが、愛知県の豊川高校だ。なぜ、全国大会出場経験のない高校なのか。そのきっかけは「新たな挑戦」として2022年度からS級ライセンスの取得に挑んだことだった。
「S級取得は亡くなった高校時代の恩師との約束でした。秋田を離れる時に『選手権優勝とS級ライセンスを取るまで帰ってくるな』と言われていたんです。選手権で優勝できたので、次はS級だと覚悟を決めました。取得には1年間の受講期間が必要で、専念するためにはこのタイミングしかないと思いました」
2021年度をもって山梨学院高の監督を退任した時、豊川高の関係者が「監督をやってほしい」と、わざわざ山梨までやってきたという。
「2021年1月に豊川市で講演会をさせてもらったんです。その時、豊川市のサッカー関係者に『この地域は菅原由勢(AZアルクマール)など多くのプロ選手を輩出しているのですが、多くがJユースか青森山田、帝京長岡など県外の強豪校に行ってしまう。この地域で拠点となるような高校、日本一を目指せる高校があれば、地元の子がここで育って活躍していく流れをつくれる』と言われたんです。その時の熱意がものすごくて印象に残っていたのですが、まさか自分に白羽の矢が立つとは思いませんでした」
S級ライセンスを取得するということは、Jリーグ、つまりプロチームの監督を目指すのが一般的だ。長谷川監督の頭にも当然そのビジョンはあったが、豊川市での講演会で触れた熱意が心の片隅に引っかかったからこそ、最初は「考えさせてください」と、返答を保留した。
S級の受講が順調に進むなか、プロチームの監督への思いが残る一方で、「自分はまだ常勝軍団の監督をやったことがないし、秋田商業高も山梨学院高も神奈川大もすべてこれまでの指導者が礎を築いてくれた上で指揮を執っていた。本当の意味で1からやることもありではないか」という思いが日に日に大きくなっていった。自問自答を繰り返した結果、長谷川監督は決断を下した。
「これから強くなっていく場所で、強い相手を倒していきたい。なにより学校、地域のサッカー関係者、地域の人たちの思いと自分の強みを考えた時に、人間教育もできて、地域と共に育っていく。僕が率いていた山梨学院にも愛知の子はいました。ここでもう一度全国で勝負できるチームをつくれば、地元のいい選手が来てくれるようになって、よりこの地域のサッカーに愛着をもってくれる人が増えるのではないか。自分のためではなく、地域、選手のためにもう一度チャレンジすることに魅力を感じました」
2022年8月に豊川高のアドバイザーに就任し、月1回グラウンドに行きながら選手獲得にも動き出した。そして2023年、正式に監督に就任。同年6月にS級ライセンスを取得した。
リーグ初勝利を呼び込んだ魂のスピーチ
アドバイザー就任当時は愛知県リーグ4部だったが、監督就任1年目は3部リーグに昇格して優勝。今年は2部リーグに戦いの場を移した。
さらに2023年のインターハイ予選では4年ぶりにベスト8入りし、選手権予選では5年ぶりのベスト8進出を果たすなど、徐々に力をつけている。
「2023年に1年間指導して、サッカーに対する取り組みや考え方が僕も選手も大きく変わったと思います。僕自身はもう一度初心に戻った感覚で、『できるだろう、わかるだろう』という価値観を捨て、『わかり合う』ために選手と共に1から積み上げていく。この感覚がすごく新鮮だし、あらためて思ったのは高校サッカーの良さはピッチだけではなく、ピッチ外の人間教育だな、と。今、正直に感じるのは選手たちの成長スピードがこれまでのどのチームよりも早いこと。それが驚きであり、発見であり、楽しさであり、モチベーションになっています。もちろんこれまでのチームと比べるとできないことは多いですけど、成長を実感できるし、自分自身もアップデートされている感覚をもちながらやれています」
愛知県サッカーU-18リーグ2部の第5節。豊川高校総合グラウンドで行われた名古屋高セカンドとの試合を取材した際、長谷川監督はベンチに座ったままピッチを、選手たちをじっと見つめていた。
先制されるも、前半終了間際に追いついた豊川高の選手たちがハーフタイムに引き上げてくると、長谷川監督はまず選手に個別に言葉をかけ、その後、ベンチに座った選手たちの前に立ってこう話し始めた。
「みんな、映画はよく見るよな?どの映画にも主人公がいるだろ?でも、主人公1人で物語は成り立たない。常に脇役がいないと成り立たないんだ。一つの物語を完成させるためにはそれぞれが好き勝手なことをやっていたらできないし、かと言って言われたことだけをやっていてもおもしろい作品はできない。役者がシナリオのなかでそれぞれの個性を、その映画のために発揮することで完成する。サッカーも一緒。みんな、勝ちたいだろ?」
落ち着いた口調と言葉選び。後半、この言葉に選手たちは奮起した。開始早々の48分に2年生FW小倉怜人がミドルシュートをたたき込んで試合をひっくり返すと、ここから流れは豊川高へ。技術があり、視野の広い2年生FW平松大雅が前線で躍動感あふれるプレーを見せると、スタメンで2人しかいない3年生のうちの1人、キャプテンの左MF鈴木蓮都が粘りの突破と積極的な声がけでチームを鼓舞。カウンターのピンチも素早い切り替えで防ぐなど、勝利に向けチーム一丸となっていた。
試合はそのままタイムアップ。豊川高にとって、これが今季リーグ戦で初勝利となった。試合後、逆転で初勝利を手にした選手たちに指揮官はこう言葉を届けた。
「ここに土がある。でも、この土で形をつくっていくためには水が必要なんだ。水が入って土が固まる。俺たちにとっての水は練習に取り組む姿勢だったり、モチベーションだったり、試合の勝利だったりする。でもな、水はすぐに乾く。水を入れ続けなければならないんだ」
自分の成長のために、チームの成長のために、勝利のために。長谷川監督が土を耕し、選手たちが水を入れ続ける。この作業を繰り返した先に目標の日本一がある。
長谷川監督は頂を知っているだけに、その距離感と難易度をよく理解している。道のりは果てしなく遠いが、焦らずに土台を築き、一つずつ階段を登ることが一番の近道であることを知っているのだ。
「プレーの質や表現力は『自分の能力×係数』によって発揮されます。失敗と成功の積み重ねた数が係数になる。経験という係数が豊川高に足りないからこそ、まずはその係数をつくっていくことが今の重要な作業です」
この場所が選手たちの拠点となり、地域全体を盛り上げるために。新たなチャレンジを始めた指揮官が率いるチームが、そう遠くない未来で、全国の舞台にやってくるだろう。