安藤隆人
広島加入を切望するGKのライバルはマンチェスター・Uの“神童”(波多野崇史/同志社大・3年)|安藤隆人の直送便(大学編)
Writer / 安藤隆人
Editor / 難波拓未
高校や大学を中心に全国各地で精力的な取材を続ける“ユース教授”こと安藤隆人が注目したチームや選手をピックアップする「直送便」。大学編の今回は、同志社大学のGK波多野崇史に焦点を当てる。サンフレッチェ広島の育成組織出身の波多野は2024年3月、1学年上のGKが1年後の広島への加入内定を決めたことを知り、大きな悔しさを味わった。しかし、打ちひしがれるのではなく、むしろそれをエネルギーに変えて、大学内のライバルとしのぎを削りながらプロ入りを目指している。
ライバルのプロ内定で芽生えた悔しさ
「愛情は変わらない。でも、悔しさは正直あります」
同志社大学3年生のGK波多野崇史は2024年3月、あるニュースを耳にして危機感と同時に大きな闘争心が芽生えた。ライバルGKのプロ内定が決まったというニュースだ。
早稲田大学でプレーする194cmのGKヒル架依廉が2025シーズンからサンフレッチェ広島に加入することが発表された。
波多野はジュニアユースとユースの6年間を広島で過ごした。抜群の反射神経とセービングのうまさに定評があるGKで、いずれのカテゴリーでも全国制覇を果たし、高校3年時にはU-18日本代表候補にも選出された。だが、トップチームには、当時21歳の日本代表GK大迫敬介に加え、川浪吾郎、増田卓也、林卓人というベテランGKがそろい、分厚い壁に阻まれて昇格とはならなかった。
「広島のGKは本当にハイレベル。そのなかでも大迫選手は日本トップクラスで今後の日本を引っ張っていく存在。自分は大学4年間で成長してポジション争いできる選手になりたい」と、決意をもって同志社大学の門をたたいた。
1年生で出番をつかむと、2022年のU-19日本代表に選出され、モーリスレベロトーナメント(旧・トゥーロン国際大会)にも出場した。その後、スランプに陥り、さらに後十字靭帯損傷という大怪我を負うなど苦しい時期を過ごしたが、「リハビリ中に自分と向き合いました。もう一度、自分のステップワークや身体の向き、ポジショニング、セービングの姿勢、キャッチング技術など、すべての基礎を徹底して見つめ直した」ことで、苦境を抜けてから安定感は増した。
「怪我をする前はかなり勢い任せで雑でした。繊細さを求めるようになった」
着実に大学屈指のGKとしてステップアップしている実感もあっただけに、1学年上のヒルの内定発表に悔しさが込み上げてきたのも無理はないだろう。だが、それは怒りというより、あらためて自分の力不足を痛感したという感情だった。
同級生にポジションを奪われる危機感
「シンプルに、自分がもっと成長していなければいけなかったという悔しさです。もちろん、周りから『お前じゃなかったのか』と言われて本当に悔しかったですが、僕のサンフレッチェへの想いは変わりません。ヒル選手はサイズも技術も高い選手なので、最大限のリスペクトをもっています。むしろヒル選手に対するライバル心が芽生えたことで、闘争心に火が灯りました。僕にとっては成長するチャンスです」
こう受け止めることができたのは、ヒルだけではなく、チーム内のライバルの存在が大きかった。大学3年生の2024年、デンソーカップチャレンジサッカー福島大会で関西選抜として安定したプレーを見せたが、大会後に負傷し、開幕戦直前には復帰したものの、開幕戦のゴールマウスを守っていたのは同い年のGK祓川ダニエルだった。
「ダニエルは188cmのサイズがあって、なおかつ左利き。ものすごくいいGKでプレシーズンの時からポジションを奪われるかもしれない危機感がありました」
開幕から第3節までスタメン出場する祓川に対し、波多野はライバル心を胸に秘めながらも、焦ることなくセカンドGKとして出場機会を狙い続けた。その結果、第4節の関西学院大戦で先発出場。「チーム内でいい競争ができているのはプラスです。ライバルが多ければ多いほど、1試合に懸ける思いも強くなる。どの場所でも常に危機感をもってやれることに感謝してやり続けたい」と、守護神としてゴールマウスに立ち続けている。
衝撃を受けた17歳・アルゼンチン代表のシュート
実は、波多野には一番大きな衝撃を与えてくれたライバルが。しかもそれは、日本人ではなく、GKでもなく、FWの選手だ。2022年のモーリスレベロトーナメントで対戦したアルゼンチン代表のアレハンドロ・ガルナチョ(マンチェスター・ユナイテッド)。最前線にいた当時17歳から放たれたシュートの威力、軌道は今でも脳裏に焼き付いている。
「シュートのパワー、正確さ、スピード、駆け引きのレベルが数段上をいっていた。一瞬体を開いたり、目線だったり、ちょっとした駆け引きですべて上回られた。反応しているのに『絶対に止められない』と思ってしまったんです」
初めて世界トップレベルのシュートを受け、全身に衝撃が走った。反応速度とセービングを武器にしていた自分の自信が粉々に打ち砕かれた瞬間でもあった。
「ライバルというのはおこがましいかもしれませんが」と言うように、彼と再び対峙するためには、険しい道を進まなければならない。世界最高峰の舞台で驚異的な活躍を見せるガルナチョとの距離は決して近くない。だが、一度受けた衝撃は、波多野のなかで基準となった。その感覚を味わってしまったからこそ、再戦を望み続けるのはアスリートとしての性だろう。
「チームがどんな状況でも、『俺もいるぞ』という気持ちはもち続けている」
先を行くライバルの存在に抱く危機感を闘志と向上心に変え、波多野は自ら信じる道を一歩ずつ踏み締めていく。いつか、その歩みが高みへとたどり着けるように──。
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