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「私はここで踏ん張る」。“女性初”の第一人者が上海のクラブで指揮を執る理由|元なでしこ監督・高倉麻子、中国での挑戦(前編)
Writer / 増島みどり
Editor / 北健一郎
10月下旬、久しぶりの帰国をしたというのに高倉麻子は休まない。2023年に日本の女性指導者として前例のない海外プロチーム、しかも中国では初の外国籍の女性監督に就任。「上海農商銀行女足」(以下、上海RCBW)を率いて昨シーズンは2位、今シーズンを4位で終え、来シーズンは契約最終年の3年目を迎える。
スタッフやサポート体制の準備、自身の充電をするために帰国したが、週末は観客に混じってスタジアムでWEリーグを観戦し、共に日本サッカーの発展の中でキャリアを重ねてきた夫・竹本一彦氏(日テレ・東京ヴェルディベレーザ強化部長)と10年前に立ち上げた「東京キラキラフットボールスクール」での指導や講演会に駆けつける。
さらに、岩手県で女子サッカーチームを根付かせようと設立された「いわてスポーツプロジェクト」のアドバイザーとして、岩手県岩手郡に本拠地を置き、なでしこリーグ参入を目指す「FCゼブラレディース」の視察、ミーティングにも参加する。
短い滞在時間もまるで広いピッチのあちこちにパスを出し、走るサッカーをしているようだ。子どもたち、特に女の子たちの指導に情熱を注ぐのはきっと、日本女子サッカーの苦闘の歴史で生まれた「なでしこDNA」が持つたくましさのせいなのだろう。
ただ、そんな力が弱まりかけた時はあったのかもしれない。
コロナ禍で1年延期を余儀なくされた東京オリンピックに女性初の日本代表監督として臨んだが、決勝トーナメントでスウェーデンに敗れベスト8で敗退。ホームのアドバンテージを力に変えて狙ったメダルには遠く、契約満了で退任した。
「もう監督をやる力は残っていないかも……」
現役時代から常に「女性初」の看板を背負ってきたレジェンドが、アメリカのクラブから届いた好条件を断ったとも聞いた。しかし2022年の年末、コロナ禍で世界中のスポーツが大打撃を受ける渦中でも熱心なオファーを受け続けてきた上海RCBWの監督に就任し、スタッフ3名と共に自身は単身で中国へ。「常に上位争いをするチーム作り、そして育成にも重点を置いてほしい」とのリクエストをこの2年でどのように実現してきたのか。
(前編)
冒険心がかき立てられて中国へ
──就任1年目は2位、優勝を期待された2年目の今年は4位。残念な後退した要因は?
2023年のオーストラリアとニュージーランドでの女子W杯で日本とも対戦したザンビアのエース、FWバーバラ・バンダ選手の移籍は一つの要因です。彼女は中国で得点王も獲得していますし、監督に就任してから彼女の持ち味をより引き出して攻守の切り替えが早くスムーズなサッカーを目指して、優勝への手応えを十分に感じていたんですが……。3月に急にアメリカのNWSL(ナショナル・ウイメンズ・サッカー・リーグ)のオーランド・プライドへの移籍が決まりました。中国では組織上、監督の強化の構想とは違った移籍が行われる場合もありますが、クラブにもきちんと移籍金を残すなど、彼女にとってもクラブにとってもポジティブな話ですから送り出しました。でもその後、今度はケガをする選手も相次いで、構想とは違い、やりくりに奔走するシーズンになってしまいましたね。
──バンダ選手は2023年の日本遠征にも来ていて、練習試合では日テレ・東京ヴェルディベレーザの選手たちをスピードで振り切っていたチームの大エースですね。当初、高倉監督は日本からスタッフ3名と一緒に中国に入りましたが現在は?
2023年から女子選手の指導実績を持っている藤巻藍子さん(WEリーグ、ノジマステラ神奈川相模原)、小金丸幸恵さん(なでしこリーグ、FCふじざくら山梨)をセカンドチームなどの指導スタッフに迎えて成果が出てきました。日本と同じく育成に時間と資金を投資するクラブなので、こうした将来にも残る組織作りに関わることができるのは試合結果だけではなくうれしく思っています。
──中国での仕事、それも常に一緒に行動を共にして勝利を追求するわけですから難しい点も多いのではないかと想像しますが……。
私ともっとも近いポジションで選手の管理や中国の考え方を教えてくれる部長の王さんは、選手のコンディションや戦術面でも常に話し合いをする心強い味方ですし、生活面でもサポートしてくれる通訳の李さんとはクラブからの帰りの車で「ねぇ李さん、今日の選手の様子ってどう思います?」といったことから私の愚痴のようなことまで、しょっちゅう言い合える関係です。2023年に合流した女性コーチ陣も選手と良い関係を築いています。もちろん異国で仕事をしているので考え方やリーグ戦の運営で理解が追いつかない時もありますが、中国人スタッフの真摯な姿勢に助けられて苦労はあまりしていません。2022年に上海に行こうと決めた理由は、自分の中の冒険心がかき立てられたから。何もかもが整っていて日本にいる時と同じでは、冒険ではありませんから。上海にいる日本人の方々との交流もあり刺激をもらっています。
私はここで踏ん張る
──就任当時、選手には自主性、創造性、連動性、そして継続性を持ってサッカーに取り組んでほしいと話していました。選手との関係は?
中国では、親御さんが子どもに対してスポーツよりも勉強、進学を重視していますし、「一人っ子政策」でとても大切に育てられているので、全体的におとなしく自主性は低いほうです。
──2023年の日本遠征でベレーザとの練習試合を取材した際、選手がとてもおとなしく、昼食中もおしゃべりなんてせず、お弁当の後片付けを整然としていたのが印象的でした。
上海は経済状況も良い都市ですし、何の不自由もない家庭で育った選手がほとんどですから。高級車に乗っている選手もいますよ。日本ならば練習前にピッチに入れば、ランニングしたり、2人いればパスしたりリフティングしたり体を動かして準備しますよね。お行儀がよく、競争をあまり経験していないからなのか、就任した頃、選手がピッチに入らずベンチ前でただ立っている理由が分からず、「なんでそこで立っているの?」と聞きました。理由は、指導者からの指示がないからということでした。今は、足首や手首を回して準備体操くらいはしているという感じです。2年間も言い続けているのですが変わらない。そう簡単には習慣は変えられないんですね。
──日本遠征で上海RCBWの選手たちが監督を「アサさん!」と呼ぶ姿も印象に残りました。日本代表で、そう呼ばれていた?
「タカクラさん」でした。上海の選手たちは練習終わりに自分たちで考えて、「お疲れ様でしたぁ」と日本語で締めています。中国だからコミュニケーションが難しいとか、先入観では考えていません。日本にいても、日本人とでも難しさはありますよね。中国という大国の、一つのクラブである上海RCBWを預かるチャンスに、私はここで踏ん張る。勝敗も、少しの成功も、たくさんの失敗もすべては勉強。いばらの道です。
──2025年は、中国スポーツ界にとってある意味ではオリンピックや世界選手権以上に重要視される省対抗の国民体育大会があります。上海も今から力が入っているでしょう。
2024年はシーズンが終了しましたが、国民体育大会の予算は多くあるようです。有効に使おうと、2023年の女子W杯で世界一になったスペインへの遠征を計画しています。選手が刺激を受け、自分たちから「勝ちたい」と行動を起こすきっかけになれば、と期待していますし、私もスペインのサッカーから新しい考え方や取り組みを吸収したいと思います。
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