「日本も中国も“個性”が大事」。アジア最先端監督が語る女子サッカーの現在地|元なでしこ監督・高倉麻子、中国での挑戦(後編)

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女子サッカー

2024.12.18

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「日本も中国も“個性”が大事」。アジア最先端監督が語る女子サッカーの現在地|元なでしこ監督・高倉麻子、中国での挑戦(後編)

増島みどり

Writer / 増島みどり

Editor / 北健一郎

女子サッカーへの投資は女の子たちに夢を与え、女性の社会的な活躍につながるかもしれないというポジティブな理由を背景に、特に新興国で支持されている。日本や欧米を中心に進化してきた情勢に、南米やアフリカ、またイスラム教の国々までも参戦し勢力分布図がこの数年で激変した。

2024年夏に行われたパリ五輪で、日本女子代表「なでしこジャパン」は準々決勝でアメリカと対戦。延長戦の末に敗れ、2021年の東京五輪と同じくベスト8で敗退した。

一方、2023年のW杯オーストラリア・ニュージーランド大会でベスト16に終わったアメリカは、意地と復権をかけてチェルシーを率いてきた名将、エマ・ヘイズを五輪直前の5月に招へい。2012年のロンドン五輪以来、実に3大会ぶりの金メダルを奪還している。勢力分布図は塗り替えさせないとの強い意欲と、変化するサッカーへの順応力を見せつけた。

32カ国で実施された2023年のW杯では従来の欧米を中心とした勢力に、コロンビア、ジャマイカ、イスラム国家のモロッコ、南アフリカといった新しい国が決勝トーナメントに進出し、ベスト16に。アジアからも日本、中国、韓国に加え初出場を果たしたフィリピンがグループリーグで1勝をもぎ取り、ベトナムも健闘した。

なでしこがつかみ取った2011年の「W杯ドイツ大会優勝国」という看板も付け替えが急務だ。しかしパリ五輪後の8月、なでしこを率いた池田太監督が任期満了で退任。その後、代表監督は3か月が経過しても決まっていない。2027年のW杯ブラジル大会、その翌年のロサンゼルス五輪のアジア予選に向けて、どんなスタイルを世界に発信するのか。時間はない。

2023年から中国女子スーパーリーグ「上海農商銀行女足」(以下、上海RCBW)を率いている高倉麻子監督の目には、なでしこの現状はどのように映っているのか。また、アジアの女子をリードしてきた中国の現状についても聞いた。
(後編)

離れて見る日本女子サッカーの姿

──中国ではなでしこの試合を見る機会はなかなかないのでは?

リーグ戦の日程を追うのに精いっぱいで、なでしこに限らずどこの代表戦もじっくり試合を見るのは難しいですね。

──パリ五輪は?

アメリカ戦は観ました。2023年のW杯で初めてベスト16で負けてしまったアメリカの危機感というか、必死さというか、これまでとは違い攻撃的なスタイルを大きく変えていたのが印象的でした。なでしことアメリカのかつての対戦とは違い、多彩な攻撃やパスの連動性などを追求するのが難しくなったのかもしれないですね。夏に行われたことも要因なのか、守備的にならざるを得なかったことは世界的な傾向でしょうか。

──ご自身は「なでしこ」と呼ばれるずっと前からプレーヤーとして、指導者としてもU-17のW杯で初優勝をするなど常に当事者でしたが、初めて外から見る日本の女子サッカーはどう映りますか?

2023年、チームを連れて日本遠征をした際、WEリーグのトップチーム(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)とトレーニングマッチを組んでもらいました。中国でプレーする機会しかない上海RCBWの選手たちにとって、日本のサッカーのレベルを肌で感じる大きなチャンスでした。ベレーザのようにあれほどスピードがあって、技術レベルが高いチームと対戦した経験がありませんでしたから、選手たちはとても驚いていました。私自身、あらためて個人的な技術、戦術が日本の女子サッカーにどれくらい浸透しているかを再認識しました。

──中国との比較にもなるかもしれませんが、日本の長所はどこにある?

育成からの指導法や環境の整備によると思いますが、日本の多くの選手が「状況を判断する力」を備えている。基本的なテクニックがあり、ボールを扱う器用さ、監督らの指示だけではなく自らで判断を変えたり微調整したりといった対応力も特別だと思います。総合的な体力、持久力や敏捷性がありますから、連続してプレーできる点も強みです。

──中国の選手たちに自主性を伝えるのは難しいとおっしゃっていました。自分で考えるより指示を待つ傾向が強い、と。

監督になって2年間言い続けていますが、なかなか変わりません。自分で考え、判断するのは、サッカーではもっとも大切な要素です。中国で指導しながら、日本の環境で育った選手たちが当然のごとく自分で考え、判断しているのは、実はそれほど簡単な話ではないとあらためて感じましたね。

──反対に、「ここはもっと良くなる」と思われる点はありますか?

攻守とも組織やチームワークを尊重するあまり、選手個々のダイナミックさや本来持っている創造性、意外性を生むプレーが少なくなってしまう。つまり、局面をガラッと変えるプレーが少なくなるのでゴールを奪えない。ただし、パリ五輪のアメリカ戦で感じたように、なでしこだけではなく世界の女子全般がその流れですね。どの国も、どういったサッカーをするのかといった“個性”が大事になると思います。

──アジアをリードしてきた中国代表は、どう分析しますか?1991年に初めて行われた女子W杯の開催国としてアジアをリードしてきた代表が、初のグループリーグ敗退で終わりました。ショックも大きかったようですね。

クラブの監督を務めてみて、環境整備の難しさを感じます。例えば、リーグ戦の期間中であっても、もし代表活動があればそちらが優先されて、選手が不在のまま何試合もリーグ戦に帰ってきません。もちろん代表に呼ばれるのは名誉ですが、私のチームでも代表に送り出した主力級の選手が長く不在のままリーグ戦をこなさなくてはならない状況もありました。代表の強化とリーグ戦の強化、発展が連動しにくい仕組みです。日程を整備しようにも、国が広くて省ごとの強化策もありますから難しい。W杯で欧米との差が開いてしまう危機感は強くなったのではないかと思います。

──2023年のW杯の会見で中国代表のシュイ・チンシャ監督が「欧州に比べスピード、切り替え、個人的な技術のレベルで差が開いていると強く感じた。一方で、若い選手の成長と選手の闘争心には可能性を感じている」と話していました。

W杯から帰国した際、チンシャ監督ともお話しましたし、言うまでもなく、選手のポテンシャルは本当に高い。一言で表現するならば、とにかくもったいない。いろいろなシステムが一つになれば、力を発揮できるはずです。私の現役時代は、中国は女子サッカーの先駆者でしたから、今、伸びているフィリピン、ベトナム、ヨルダンなどイスラムの国々と日本と一緒にアジアのレベルをさらに上げて、ヨーロッパやアメリカに勝てるいい競争ができればいいですね。上海で仕事をし始めて、アジア全体の視点をより意識して女子サッカーを見るようになったと感じます。

高倉監督を支えた“3人”の指導者

高倉監督が中国スーパーリーグで初の外国籍女性監督として指揮を執る意味は、アジア全体の女子サッカー、指導者の養成にも良い影響をもたらす。日本サッカー協会(JFA)のもとでも指導者ライセンスを保持している女性は男性の約6%に過ぎず、アジアではさらに比率が低い。

こうした女性指導者をめぐる環境整備について、高倉監督が指摘した「アジアレベルで一緒に向上」を方針に新たな取り組みが動き出したところだ。機会の平等、プロの女性指導者を増やす目的でJFAとAFC(アジアサッカー連盟)が共同で「AFC-JFA  Pro-Diploma Course for Asian Elite Female Coaches」と名付けたコースを2024年10月にスタート。受講の時間や時期、費用がかかる資格(ライセンス)を、アクセスがしやすく証明書となる「ディプロマ」に変えた柔軟性がポイントだ。

10月、千葉市内の日本代表強化拠点「JFA夢フィールド」には日本、韓国、中国、タイなどから20人が参加。2025年11月までオンラインも取り入れて進めていく。女性がサッカーの現場で指導者を目指すには、こうした資格や履修コースが課題となるのと同時に、身近にいる理解者、支援者が大事な存在だ。

高倉監督は中国で初のチャレンジを決めた時、3人の指導者の後押しがあったという。

1人は、夫の竹本一彦氏。長くJリーグの現場で指導者、強化担当を務め、現在は日テレ・東京ヴェルディベレーザの女子強化委員長を担当する。上海が提示してくれた3年の契約は光栄だった半面、3年間家族と離れるのは簡単な決断ではなかった。竹本氏は移籍交渉も担当し、「チャレンジしてみればいい。(高倉監督の家族のことについても)僕ができることはやるから心配しないでいい」と背中を押してくれた。

中国の「広州恒大」で、同じく日本人として初めて監督を務めた岡田武史氏(現FC今治オーナー)にも勇気付けられた。中国でのコミュニケーション、中国選手たちの気質、サッカー界の仕組みなどの経験談をつないでくれた。

もう1人いる。

高倉監督と森保一監督は1968年生まれの54歳、同級生として同じ東京五輪で男女日本代表を率いる運と縁を共有した。2人はお互いの存在を「励みにしている」と話す。プロとして、さらに代表監督として結果に集中すると、自分のサッカーの理想とのバランスを取るのが難しくなる。そんな現実と理想の狭間で立ち止まった時、「隣にいる」のが心強い同級生だろうか。

高倉監督はこう話す。

「森保監督、ではなくてあえてポイチ、と呼ばせてもらっているんですが、負けても勝っても愚痴も言わずに黙々と仕事に集中する。私が結果が出なくてちょっと落ち込んでいても、ポイチは日本のサッカーが進むべき将来を見て仕事をしている。そういう信念や芯の強さは見習いたいし、同級生として、サッカーの指導者として本当に誇らしい存在です」

森保監督は2024年11月、W杯アジア最終予選の6戦目で北中米大会に王手をかけて年内の試合日程を終え、高倉監督は上海に戻り来シーズンへの最初の遠征としてスペインに出発する。最前線を走り続ける2人に、ほんの少しでも会って話す時間があればいいのだけれど……。

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