北原基行
「FCふじざくら山梨」という、稀有なクラブ|サッカークラブらしくない女子チーム
Writer / 本田好伸
富士山を眼前に望む山梨県、富士北麓地域に立ち上がったFCふじざくら山梨は、女子サッカーチームであって、サッカークラブのようではない。「プレイングワーカー」というコンセプトを掲げ、サッカーを手段に、選手自身の“人生のキャリア”を豊かにするための就職先のようだ。新しいタイプのクラブ。女子サッカーのロールモデルとなるふじざくらとは。
(第1回/全4回)
競技でも一流、社会でも一流
2018年11月、雄大な富士を望む河口湖町に突如、女子サッカーチーム「FCふじざくら山梨」(設立当初は「ふじざくらFC」)が誕生した。少なくとも「サッカーどころ」あるいは「女子サッカーどころ」ではない場所だ。それどころか、冬場は積雪も多く、サッカーに適していないように思える。だが、クラブの思いは強かった。
「この場所を女子サッカーの聖地にしたい」
富士観光開発株式会社取締役であり、クラブ立ち上げに尽力した金子智弘氏は、遡ること2年、2016年12月にそう宣言した。女子サッカー界に変革をもたらすプロジェクトは、この時から始まった。
クラブの母体である富士観光開発は、宿泊施設や温泉施設など、富士北麓地域のあらゆるレジャー施設を保有している企業だ。レジャーの一環として、宿泊施設に併設した「フジビレッジ」という人工芝2面のピッチを作ったものの、その使い道を持て余していたのだ。
最初は、山梨のスポーツ界を盛り上げる意味合いが強かったが、手始めに「フジビレッジを女子サッカーの聖地にしよう」と、小学生年代の女子サッカー全国大会を開催した。
なぜ女子なのか。
女子サッカーの競技人口は、シニアを除く男子の約74万人に対して、約6%の5万人弱。日本サッカー協会に選手登録している小学生(第4種)25.7万人のうち、女子小学生は7.5%の1.9万人。この事実は、女子選手を取り巻く環境にダイレクトに影響している。
「サッカーを続けたくても続けられる環境がない」と言って、競技を離れてしまう選手は後を断たない。小学生年代でプレーしていても、将来の夢に「女子サッカー選手」と、自信を持って書けない。親御さんも、女子サッカー選手が夢のある職業だとイメージできない。
ふじざくらは、女子サッカー界にずっと漂うこの問題を解決しようと動き始めたのだ。
そうして、「プレイングワーカー」というコンセプトと「競技でも一流、社会でも一流」というキーワードを掲げ、女子サッカーのロールモデルになることを目指して創設された。
日本で一番、地域貢献する女子クラブ
ふじざくらでプレーする選手たちは、富士観光開発が手がける施設や業務に従事し、平日は週4日、日中6〜7時間は社会人として働き、その後、夕方から選手として3時間ほど競技活動をする。企業としても人材雇用ができ、選手としては安定した収入を得ながらプレーできる。
ただしこれは、従来の女子クラブと、大きく変わらないようにも思う。
それだけで生活できるプロ選手はごく一部であり、女子サッカー選手の多くは、スポンサー企業などで働き、サッカーとは異なる働き口で生計を立てながらプレーしている。あるいは、ふじざくらのように企業の社員として働きながら、企業が保有するクラブでプレーするかだ。
「実業団とどう違う?」
ふじざくらの立ち上げ当初からコーチを務め、2年前から指揮を執る渡辺海監督に尋ねた。
「似ているようで、概念が違う。プレイングワーカーとは手段なんです」
どういうことか。
「女子サッカー全体で見ても、競技性を追求した結果、プロリーグが観客動員を増やせているとは言えません。自分たちのあり方、やるべきことは、競技性の追求もそうですけど、地域のみなさんと共にムーブメントを起こし、文化にしていくこと。競技性よりも、自分たちが大切にしないといけないことがあると思っています」
「働く」とは、自分の価値を高めること。「生活するために」やるのではない。自分の「キャリアを上げるために」やるもの。プレイングワーカーは言葉だが、大事なのは「意識」だ。
「最初は、選手もよくわかっていない部分もあると思います。意識が追いつかない。でも、働きながら、自分がどうありたいか、どうなりたいかを考えていくうちに意識が変わり、それがピッチにも現れるようになる。そうすると選手はどんどん自発的になり、ピッチ外での取り組みの価値を感じるようになる」
競技面をないがしろにしているわけではなく、ピッチ内も、ピッチ外も等しく重要だと捉えている。監督の口から、真っ先にこの話が出てくることが、このクラブらしい一面だ。
2023シーズン、ふじざくらはサッカー教室を41回開催し、1300人にアプローチした。選手は雇用企業で働きながら、地域との関わりを深め、クラブの価値を広め続けてきた。ピッチ外では、すでに「日本で一番、地域貢献する女子クラブ」と言っても差し支えないだろう。
そしてピッチ内だ。2019シーズンに女子カテゴリーの“7部相当”である山梨県女子2部からスタートしたチームは、5年でなでしこ2部まで上がってきた。
設立当初10人から始まり、今では25人の大所帯となった。クラブ創設、なでしこ昇格とステップアップを続け、いよいよなでしこ1部昇格へ。「#異才を放つ」というスローガンを掲げ、ピッチでも「一流」を追い求める今シーズンの戦いが、幕を開ける。