浦正弘
藤野あおば「自信がなかった」W杯から半年、“横取り”で決めた決勝点|Road to Paris〜なでしこの挑戦〜
Writer / 伊藤千梅
「自分が点を決めたい」。パリ五輪出場が懸かる北朝鮮戦、その思いに突き動かされた20歳の藤野あおばが、自分へのクロスではないボールを“横取り”してゴールを挙げた。むき出しの貪欲さを見せたことには理由がある。2023年8月、W杯敗戦の責任を誰よりも感じていたからだ。そうやって自分に矢印を向けたことで、彼女は新境地を切り開いた。
(第1回/全4回)
「自分が決める」藤野が見せたエゴ
「(清水)梨紗さんが上げたボールが自分へのパスじゃないというのは、(クロスを)上げた瞬間にわかりました。でも自分が決めたかったので、先に触りました」
パリオリンピック2024女子サッカーアジア最終予選、勝利すれば五輪出場が決まる北朝鮮との大一番。
1点リードで迎えた77分、後ろ向きでボールを保持した藤野が中盤にボールを下げて、受けた長野風花がワンタッチで右サイドに浮き球を送り込む。オーバーラップしてきた清水が、1対1の股抜きからクロスを上げ、中には途中交代で入ったFW清家貴子が待ち構えていた。
そこに走り込んできたのが、組み立てに関わっていたはずの藤野だ。
「迷うことなく入っていったことでゴールにつながったと思います」
クロスに合わせようとしていた清家の前に飛び出すと、思い切りジャンプ。相手GKがファー寄りに動くのを確認すると、頭でニアに押し込んだ。20,777人の観客が見守るなか、プロになって初めてのヘディングシュートでゴールネットを揺らした。
味方がいるのは見えていた。それでも「チームを勝たせる選手になるために、ゴールを目指し続けることが必要だと思っていた」と自らの得点に執着した。
自信がなかったから、W杯でFKを外した
2023年7月に行われたFIFA女子ワールドカップオーストラリア&ニュージーランド2023では、グループステージ第2戦のコスタリカ戦で、日本人史上最年少ゴールを記録。大会にも5試合中4試合でスタメン出場した。
その頃から、藤野には大きな注目が集まっていた。
しかし北朝鮮戦で見せたような貪欲さを、始めから持っていたわけではない。彼女が変わる大きなきっかけとなったのは、準々決勝で敗退したW杯のスウェーデン戦だった。
2点を追いかける展開で、日本は86分にピッチ中央のペナルティエリア付近でFKを獲得。藤野が右足で直接狙ったボールはクロスバーを直撃して得点には結びつかなかった。その後、日本は1点を返したものの1-2で敗戦。ベスト8で大会を終えた。
藤野は、その時のFKを「正直、自信がなかった」と振り返る。
試合前から「ゴールに近い場合は藤野が蹴る」と話していたものの、いざその場面になった時に、自分から「蹴りたい」という働きかけができなかった。
「あの1本が入れば流れは確実に変わったと思うし、『惜しい』ですまされるプレーじゃないと思う。そこの自信のなさが、試合に負けた要因の一つだと感じていた」
メンタルの部分を含め、自発的なプレーや働きかけができなければいけない。あの試合が、藤野の意識を変えた。
「W杯の時は、経験のある(熊谷)紗希さんや先輩たちが引っ張ってくれて、自分はついていくだけだった。年齢とか立場に関係なく、積極的に自分のプレーを出すといった自発性を出さないといけない」
その試合から半年後に迎えたアジア最終予選で、彼女はチームをパリ五輪へと導くゴールを決めてみせた。
「結果を出せて少しほっとしてる」
試合後に安堵の表情を見せた藤野は、再びなでしこジャパンの顔となった。
あのクロスは、清水梨紗が清家貴子を狙って届けようとしたボールだったかもしれない。それでも藤野は、そのボールを横取りしてでも決めたい意思があった。
きれいじゃなくても、狙い澄ましたゴールじゃなくてもいい。自分が決める。そしてチームを勝たせる。なでしこジャパンの価値を高める。
藤野はここで止まるつもりはない。
「得点の形は徐々に増えてきたけれど、左足のシュートは精度を高めないといけない。カットインなどの内側への働きかけも、もっともっとやっていく」
W杯では己の弱さを知った。アジア最終予選では、己のエゴを出した。パリ五輪では、藤野は──。20歳、若きストライカーは、次の舞台でどんなゴールを見せるのか。