浦正弘
出場時間、0分。“第2GK”平尾知佳が導き出した答え|Road to Paris〜なでしこの挑戦〜
Writer / 伊藤千梅
パリ五輪出場が懸かるアジア最終予選、2試合にフル出場した守護神の影で、平尾知佳はベンチで戦況を見守った。第2GKは基本的に出場機会が訪れない。それでもサポート役に徹し、誰よりも声を出しチームを支えた平尾が、胸にしまった本音とは。「試合に出たい」という気持ちを彼女はどのように昇華しているのか。
(第3回/全4回)
控えGKに求められる振る舞い
「途中出場することがほとんどないから、キーパーは難しい。試合前に出ないと言われたら、ほぼ出ないと割り切った上で準備をしている」
なでしこジャパンのGK平尾知佳は、3年前の東京五輪、FIFA 女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド 2023のメンバーに選出。しかし、出場時間は0分だった。
2023年9月の親善試合で、日本代表として約1年ぶりの出場を果たしたが、2024年2月、パリ五輪出場を懸けたアジア最終予選では再びベンチに。1秒たりともピッチに立つことはできなかった。
自分がレギュラーなのか、サブなのか、あるいはジョーカーなのか。大会が始まると、選手は自分の立ち位置をすぐに理解するものだ。ポジションが“1枠”しかないGKであればなおさら、自分が“何番手”かを察する。平尾自身、W杯メンバーと合流後、正GKではないことを感じ取っていた。
「キーパーの仲を取り持つものもそう。チームとして同じ船に乗っているからこそ、誰一人外れさせないように、同じ方向に向かわせる立場も任されているのは感じていた」
与えられた役割は明確だった。だから自分の準備だけでなく、ピッチ外の雰囲気づくりから気を配った。初めて試合に出る選手には、空き時間にモチベーションビデオを作成。思い悩む顔の選手を見つけたら、少しでも気を紛らわすために話しかけた。
試合になれば、出場する選手たちに率先して水を手渡し、得点した選手を真っ先に出迎える。平尾のベンチワークは仲間たちにも当然、見えていた。
代表でチームメイトだったFW植木理子も、大会中にチーム全体を俯瞰して立ち回っていた平尾を「間違いなく影のMVP」と称える。
「チームのことを一番に考えた行動をずっとしながら、いつ試合に出てもいいような準備をしていました。ベンチでも声かけの中心にいて、味方が点を取った時は真っ先に飛び出し、失点した時も『大丈夫』と、最初に声をかけていました」
植木の言葉が物語るように、ピッチに立てなくても、平尾は紛れもなくなでしこジャパンを支える重要なメンバーの一人だった。
チームが勝つために
それでも、彼女はピッチに立てなかった。平尾は以前から「サッカー選手である以上、自分が試合に出てチームを勝たせたい。そのことを一番に考えている」と話していた。
「悔しさは、なかったんですか?」
アジア最終予選からしばらくして、彼女にそう問いかけた。
「そりゃ試合に出たかったのはあるし、悔しさはあるよ」
プロになってから4年間、世界の強豪と戦うために準備をしてきた。朝9時から始まるトレーニングに向けて5時に起床して体を動かす習慣も、練習後の自主トレーニングも。内容を精査しながら続けてきたのは、試合に出場して、チームを勝利に導くためだ。出られなくてもいいはずがない。
W杯後には「今のままでは足りない」と感じてパーソナルトレーナーと契約を結び「自分の体の機能を最大限に生かせるようにしたい」と、これまで以上に鍛錬を積んだ。
だが、試合でピッチに立てるのは一人だけ。GKであればなおさら、出られない現実と向き合わなければならないこともある。
「どうやって悔しさと向き合い、折り合いをつけているのか?」
今度はそう問いかけると、平尾は少し考えてから「チームが勝てればなんでもいい」と答えた。
「頑張ることはやめない、試合に出たい。出られるようにするのは変わらない。その上で試合に出られなかった時は、20代前半の頃は『なんで出さないんだ』と思っていたけど、今は『チームが勝つための選択が、自分ではなかった』と捉えている」
決してピッチに立つことを諦めたわけではない。
自分が試合に出てチームを勝たせる瞬間のために、ブレない気持ちを心にとどめる。選ばれた、選ばれない、試合に出れる、出れないで一喜一憂しない。
「結局はそうだね。監督が決めることだから」
どれだけ準備をしていても、最終的に判断を下すのは自分ではない。だから「チームを勝たせること」にフォーカスして、その時々の行動を選ぶようになった。
平尾の今の目標の一つは「なでしこジャパンが再び世界一になる」こと。
そのために自分にできることはなにか。次の戦いはパリ五輪、その先にあるW杯。その時、ピッチに立っているかどうかは、今はまだ誰にもわからない。
ただ一つだけ言えるのは、平尾はいつだって「チームが勝つ。そのために自分がいる」と、戦い続けているということだ。
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