北原基行、本田好伸
「水」の出会いから始まったクラブ|サッカークラブらしくない女子チーム
Writer / 本田好伸
サッカークラブの数だけ、物語がある。FCふじざくら山梨も例外ではない。しかもそれは、運命の巡り合わせのように導かれたものだった。このクラブの歴史とはすなわち、富士の麓に縁もゆかりもない、ノウハウもない、ただスポーツビジネスの才覚と情熱のままに奔走してきたGM五十嵐雅彦の物語だ。
(第2回/全4回)
「水を売りたい」から始まったクラブ
2018年11月20日、「山梨県民の日」に立ち上がったFCふじざくら山梨(当時はFCふじざくら)は、サッカーとは無縁の場所から始まった。
2016年、アスリートのマネジメントも手掛ける都内のPRエージェンシーに勤めていた五十嵐雅彦は、社内でアスリートとユーザーをつなぐ新規事業を立ち上げ、自身が切望してきたスポーツビジネスの世界に飛び込んでいた。そんな彼の元に、富士観光開発株式会社から「水をもっと売りたいんですよね」という依頼が届く。「ふじざくら命水」という銘柄だ。当時30歳目前の五十嵐にとって、この出会いが大きな転機となった。
担当者と話すうちに、「水を売りたい」ことの本質が会社のPRにあると気がつく。五十嵐自身、地域に根ざし、地域に愛されている富士観光開発の魅力と可能性を感じて、スポーツを掛け合わせるアイデアを思いついた。
「この場所を女子サッカーの聖地にしましょう!」
五十嵐は、そう提案した。
富士観光開発が手掛ける宿泊施設「緑の休暇村」に隣接するサッカー2面の人工芝ピッチ「フジビレッジ」を活用して、手始めに小学生年代の女子サッカー全国大会を開催した。
だが、大きな現実に直面する。
「他の競技と異なり、選手の未来を創りづらい印象。女子サッカーの環境整備が進まず、競技を続けたくても、金銭的な事情などで続けられない選手があまりにも多いことを知りました」
2011年、なでしこジャパンが世界一となって一時的に注目を集めた女子サッカーだが、2015年、当時のなでしこ主将・宮間あやが「女子サッカーがブームではなく文化になっていけるように」と切に伝えた言葉は、今もなお、その実現に向かう道程にある。
誰かが、本気で変えないといけない。五十嵐は、自身が培ってきたノウハウと、スポーツビジネスへの情熱を、女子サッカーに捧げることを決めた。
東京から来たやつが、山梨の住民へ
経緯が明確だった分、2018年の設立当初からコンセプトにブレはなかった。
「プレイングワーカー」「競技でも一流、社会でも一流」「スパイクを脱いでも、自分らしく生きていく」。当時の記者会見で、シンプルかつ強烈なメッセージと、これまでの業界とは一線を画すようなクリエイティブを並べ、女子選手の未来を照らす舞台を整えた。
初めてのサッカークラブ運営。しかも、「社員」と「選手」両方の「仕事」を評価するという、誰もやっていない制度の導入。やることは山積みだ。監督やコーチの人選、選手の募集、選考、協会や関連団体への登録、法整備といったフロント業務、同時に、富士観光開発とは雇用形態や人事、各所へのプレゼン、会議、契約書類の整備。さらには、メディアへのPRリスト作成に打診、地域密着型クラブとして、全国のスポーツクラブの調査や分析……。
五十嵐は、およそ想像もつかないほどの仕事を一つずつ形にしていった。当然、美談ばかりではない。その頃は立上げメンバーの田口友久(現スポーツダイレクター)と共に、週3日で山梨に通っていたが、まだ足りなかった。
「地元のみなさんに対しても、『東京から来てるやつ』と言われてしまう。同じ山梨で生活してる人間ですよと、覚悟を示さないといけなかった」
ある意味、初めてのクラブ運営がよかったのかもしれない。
「サッカー界にビジネスマンが少ない」と言われて久しいが、サッカーはファン・サポーターあっての興行ビジネスであり、競技の魅力と同時に、非日常的な空間を生み出すエンタメ要素や、クラブ運営でマネタイズできる起業マインドが、現代には求められているからだ。
「たとえば以前の他のJリーグクラブの事例では、選手が500人に電話をかけたら、460人がきてくれたと言います。そのうちの200人は友人などを連れて来た。その発想は、全くないものですよね。でも集客を考えたら、すごく効果が高いことは明らか。そんな発想が必要でした」
ふじざくらは2019年4月、シーズンが始まる前にファン感謝祭でお披露目し、「目標300人」を達成した。「ファンの方、地元の人と同時に、社員に来てもらうことが大きな目的でした」と、なにより自社企業の“仲間”に応援してもらえるチームでなければいけないと考えた。そうして少しずつ、社員や地元の人たちにクラブの思いと実態を示し、価値を発信し続けていった。
設立3年目の2020年、五十嵐は表に出始めるようになり、GMとして取り組みを加速させた。
今では、ホーム「富士山の銘水スタジアム」にたくさんの観客が訪れるようになった。ただし、まだこれからだ。「3月17日の開幕戦は1000人の観客動員を目標にしています。そして今シーズン中に一度でいいので、2000人を目指したい」。その数字は決して机上の数字ではない。
「最初は『しょうがない、見に行ってやるか』でもいいと思います。そんなところから最後は『この場所にふじざくらがあってよかった』と言ってもらえる、そんなクラブでありたい」
始まりは企業の課題解決のため。次に、地域に価値を示すため。そして今度は、その価値を拡張するために。五十嵐は、この場所から、本気で女子サッカーを変え始めている。
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