北原基行
サッカー“だけじゃない”キャリアを業界の文化に|サッカークラブらしくない女子チーム
Writer / 伊藤千梅
今季11人が加入したFCふじざくら山梨。レジェンド級のキャリアをもつ保坂のどかを始め、18歳から37歳まで幅広い年齢層の選手が集まった。入団理由は様々だ。若手ながらクラブのコンセプトに共感して集まる選手も増え、ふじざくらを“最後のチームに”と考える選手も多い。このクラブの、真の価値とはなにか。“人生のキャリア”を考えて選ぶクラブとして、このチームは示唆に富んでいる。
(第4回/全4回)
37歳からサッカー“だけじゃない”自分へ
「山梨県中に、大好きなサッカーの楽しさを伝えたい」
2023年2月27日の新入団会見でそう話したのは、山梨県富士川町出身の女子サッカー選手・保坂のどか。37歳になった今、14年ぶりに地元に帰ってきた。
中学卒業と同時に県外に出た保坂は、高校卒業後に浦和レッズレディースへ入団。U-19、U-20日本女子代表に選出された。
その後も、147cmと小柄な体格ながらボールに関わってリズムをつくり出すプレーを武器に、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースを始めとする現在のWEリーグやなでしこリーグのクラブでプレー。通算試合数は199試合に到達した。
小学3年生でサッカーを始めてから29年間、ここまで長く競技を続けられた理由を保坂は「とにかくサッカーが好きだから」と話す。
「本当に自分はサッカーが大好き。それだけなんですよ。みんな『この年齢まですごい』と言ってくれますが、ただ好きなことをやり続けているだけなので、自分としては不思議な感覚です」
ふじざくらでは「競技者としても、社会人としても一流になろう」を合言葉に、競技だけではなく社会的に価値の高いアスリートビジネスマン「プレイングワーカー」であることが求められる。
一方で保坂は、これまで「サッカーが好き」という思いを軸に競技を続けてきた。「社会人」という意味では、決してキャリアに明るくはない。
それでも、37歳になった彼女は、選手としてプレーで見せられるものに限らず、ピッチ外で還元できることを考え始めた。「サッカーができていること」の意味と価値と、なにより感謝の気持ちを強くもっている今だからこそ、入団を決めたのだ。
「このタイミングでふじざくらというクラブに出会えたからこそ、自分の視野を広げていきたいと思っている。何歳になっても学び続けて、成長したい」
そしてなにより、地元である山梨県への思いが強い。
「自分を応援してくれた人たちに、サッカー教室や地域のイベント活動などを通して、ここ山梨で恩返しをしたいと思って帰ってきたんです」
保坂は2022年9月から富士川町のアンバサダーに就任した。大阪にいた頃は活動が限られていたものの、今シーズンからは山梨で精力的に活動できる。地域とのつながりを深めることで自分のキャリアを高め、地域にも貢献する。それがふじざくらと出会った保坂が考える、これからの競技者としてのあり方だ。
挑戦できる環境がプレイングワーカーを生む
今シーズンは保坂を含め11人の選手がクラブに入団し、総勢25人になった。3月17日にホーム「富士山の銘水スタジアム」で行われたなでしこリーグ開幕戦では、クラブ史上最多となる1329人の観客を動員した。なでしこリーグ2部でありながら、WEリーグ、なでしこリーグ全体で3位の数字だ。5年間積み上げてきたものは、確かに実を結び始めた。
しかし、ここはクラブが目指すゴールではない。「異才を放つ」をテーマに、業界全体にこれまで以上のインパクトを残していくこと。既存の選手だけでなく、加入した11人も入団前からふじざくらが求めることを理解する選手が増えた。
例えば、リリーウルフ.F石川から入団した大谷琉晏と、仙台大学から入団した加藤愛は、入団理由に「競技でも一流、社会でも一流」とクラブのコンセプトを挙げた。
「このコンセプトを掲げているチームなら、自分自身として成長を感じられるのではないか」
それぞれがクラブのアイデンティティを落とし込み、咀嚼し、自分なりの方法で体現していく。そのサイクルが出来上がりつつある。
競技だけにとらわれず、引退後のキャリアを見据えてこのクラブを選択した選手もいる。
なでしこリーグ1部のスペランツァ大阪から入団した成迫実咲は「サッカーの指導者になる」という目標をもっている。
「オフの日に開催するサッカー教室で、指導経験を積む場所を与えてもらっている。現役中から指導のスキルを高められる環境は他のチームと比較しても整っていると思う」
また大和シルフィードから移籍し、今シーズンの副キャプテンに抜擢された源関清花は、他のクラブよりもチャレンジできることが多いと表現する。
「『できない』と諦めてしまいそうなことも、『やってみなよ』と声をかけてくれる。自分がやってみたいことを後押ししてくれるクラブだなと感じている」
ベテランも、若手もスタートラインは同じ。でも「やってみる」環境があるからこそ、選手はピッチ外でも能動的に動く習慣を身につけ、競技を離れてからもその意識とノウハウを、新しい舞台で生かすことができる。そんな選手たちが集まり、チームとしてブレることなく立ち戻れる場所があるから、クラブは本当の意味で強くなる。
五十嵐雅彦GMが話していた「ふじざくらがあってよかったと地域のみなさんに言ってもらえるように」という言葉は、そのまま選手にも当てはまる。ふじざくらがあってよかった。このクラブの真の価値に気づいた時、選手自身もきっと、心からそう言えるのだろう。
創設、進化、定着、発展。女子サッカーに新たな価値と文化を根付かせる過程のその時々で、選手の入・退団も経験した。女子サッカー界を変えるクラブは6年目を迎え、大所帯となって、次なるステージを見据えて踏み出している。