ヴィアマテラス宮崎/本人提供
男性or女性?では出なかった答え|元女子日本代表・齊藤夕眞が見つけた最高の“居場所”
Writer / 増島みどり
齊藤夕眞(31)にとって、ピッチでフォワードとして最適なポジションを見つけるのは難しくはなかっただろう。しかしピッチを1歩出て、「性的マイノリティの自分は一体何者なのか」と自問自答しながら居場所を探し出すのは決して簡単ではなかったはずだ。
3月16日に開幕した2024年なでしこリーグ1部に昇格したばかりのヴィアマテラス宮崎を引っ張る齊藤は今、ピッチと日々の生活の両方の拠点で自分の「居場所」を獲得しチームとともに絶好のスタートダッシュを切った。
3月17日、ホームでの開幕戦では、優勝経験を持つスフィーダ世田谷FCを逆転(3-1)で振り切り、2戦目は昨年の優勝チームオルカ鴨川FCに4-0で完勝。31日の3戦目でもニッパツ横浜FCシーガルズ横浜に2-0で勝って、宮崎県中央部にある人口約1万6000人の小さな町・新富町をホームとするニューフェイスが3連勝で1部リーグの首位に立ち 周囲を驚かせている。
2021年に九州女子リーグ2部に参入し全勝で優勝して1部に昇格。2022年も全勝で、なでしこリーグ2部に入った昨年も13勝4分と無敗の勢いは止まらないどころか増すばかりだ。
埼玉県出身で4歳からサッカーを始め、名門・常盤木学園高から東京電力マリーゼ、浦和レッズレディース、AC長野パルセイロ・レディース、ちふれASエルフェン埼玉(チーム名は当時)と女子サッカーの名だたる強豪チームでプレーをしてきたエリート選手でもある。2011年には女子日本代表「なでしこジャパン」にも選出された。
選手としての実力を存分に発揮する一方で、小学生の頃から違和感を抱き続けた自身の「性」については本当の姿、思いをずっと胸に秘めた。2020年に新天地・新富町にたどり着くための長く、時に辛い旅はすでに小学生の頃に始まっていたが、どうすれば「ここでいいんだ」と思える居場所を見つけられるのか、旅が終わる日が本当に来るのか、齊藤には全く分からなかった。
転機は「LGBTQ⁺」のQ⁺(クエスチョニング/クィア)。男にも女にも当てはめらない、「自分は自分である」という生き方だった。(3月下旬取材)
(第1回/全3回)
小学生で感じた違和感と高校で分かったその理由
――最初に“違和感”を覚えたのはいつ頃だったのでしょうか?
4歳からサッカーを始めて、男の子も女の子も関係なく熱中する毎日だったのですが、小学校に入ってからでしたね。女性として少しずつ体が変わってくると、はっきりしたものではありませんでしたが、“何か”違うんじゃないかと。でも何がどうなっているのか、自分では分かりませんでした。
――心と身体が一致しないのに、サッカーではメキメキ頭角を表して活躍する。思春期は両方が分離して辛い時期だったのでは。
高校に入って「LGBT」を知った時に初めて、自分はもしかしたら女性の体で生まれながら心は男性である「T」にあたるトランスジェンダーなのだろうかと、子どもの頃から抱いてきた違和感の中身を少し理解できました。名前は「あかね」で、それも好きではありませんでした。でも自分の主張よりも他人の目が気になるからスカートをはきましたし髪も伸ばして、とにかく目立たないように女性として振る舞っていたんです。サッカーでは男性っぽくしていても周囲から特に疑念を抱かれる状況ではなかったので、より熱心に取り組みました。
――2011年に卒業して名門の東京電力マリーゼに加入してからは、今度は社会人としての立場も加わりますね。
社会人になって選手である自分、チームの一員、つまり会社の一人としての自分、そして普段のプライベートな自分、この3つの立場が生まれ、これらをどれもきちんとこなそうとしていたんだと思います。公表しなかったのは、例えば自分の性を会社の方に伝えた時、自分を女子選手だと思って採用したのに?と多くの人に迷惑をかけてしまう気がしたんですね。
※小学生時代の齊藤夕眞選手/本人提供
女子サッカーに失礼があってはいけない、と自分を抑え込んだ
――ご自分の生き方が誰かの迷惑になると考えるなんて……。
はい。あの頃は、私の考えや状況が誰かの迷惑になってはいけない、と考えていました。それが公表しなかった一番の理由です。私にとって憧れで目標でもあったなでしこリーグの選手になれた現実に感謝もしていましたし、なでしこリーグの素晴らしさを大切にするためにも最高の女子サッカー選手でいなきゃいけない、と自分に言い聞かせていたんです。なでしこリーグにも女子サッカーにも、失礼があっちゃいけない。そういう思いがまずあったので、自分が自分を我慢して丸く収まっているならそれでいいんだと、本当の自分は封印できたんです。
――「なでしこリーグに失礼があっちゃいけない」とまで考えた結果公表せず、期待される振る舞いに徹したわけですか。
男っぽいと、男になりたいと思っている、とでは違います。男っぽいと思われていた私が自分の存在感を本当に出してしまったら、気持ちが悪いと思う人もいるかもしれないし、会社だってどう対応すればいいか分からなくなりますよね。目標で憧れてきたなでしこリーグを自分で傷つけるのは嫌でした。
――自分のプライベート以外、落ち着ける場所はなかったんですね。
男性として生きると決めるんだったら、もう女子サッカーでプレーしてはいけないと考え、2019年のシーズン限りで引退を決断しました。ずっと好きじゃなかった「あかね」を「夕眞」に変えたのもこの時です。
――ずっと苦しかった心と身体を一致させようとリスタートを?
名前を変え、自分が選んだ名前を持てたのは良かったんです。でも治療のひとつで男性ホルモンの投与を試みると、体質に全く合わなくて逆に体調を大きく崩してしまった。その時、私は身体を悪くしてまで男性になりたいと強く思ってきたんだろうか?本当に男性として生きたかったのかと考えました。どちらかでなければ、中途半端はいけないとの前提で、男性ホルモンを一度でも注射した自分は絶対に女子サッカーに戻れない、戻っちゃいけないんだと思っていましたね。声も変わりましたし。でもずっと変わらなかったサッカーへの思いに気が付いたのもその時でした。
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