YOKOHAMA FC
1年2カ月後のハットトリック|中村俊輔 引退試合ドキュメント 夢を叶える左足
Writer / 青木ひかる
「夢ある限り、道は開ける」。幼少期から大切にしてきた言葉を掲げ、日本の至宝・中村俊輔が現役ラストマッチを開催した。26年間日本中を虜にし続けた“魔術師”は、1年2カ月のブランクを感じさせない圧巻のパフォーマンスで、最後の1秒まで観客を心を魅了した。しかし、そのプレーは決して“魔法”を使ったのではなく、現役時代に劣らない意識の高さと日々の努力がもたらした賜物だった。
(第2回/全3回)
西谷での“秘密の特訓”
「俊輔も1年がかりで準備してきていますから。相当仕上がっているんじゃないですかね」
J1リーグも終盤に差し掛かった、ある日の練習後。発表されたばかりの「引退試合」に話題が及ぶと、現在中村の“上司”にあたる、横浜FCの指揮官・四方田修平監督がそんなこぼれ話を口にする。目線の先には、全体トレーニング終了後に自主練を行うGKの遠藤雅己と、容赦ない連続シュートを蹴り込む、“トップチームコーチ”の中村の姿があった。
半年前、毎月1本クラブからのオーダーで更新しているプレーヤーズヒストリーのインタビューを実施した時にも、もう一人の若手GKの市川暉記が、中村との“秘密の特訓”について言及していたことを思い出す。
「最後まで僕が残って練習をしているので、いつも声をかけてくれるんです。人がたくさんいる前ではあんまりやりたくないみたいで、みんながいなくなったタイミングで『イチ、今日やるぞ』って。あのキックを受けながら個別でいろいろと教えてもらえるなんて、本当に贅沢な時間です」
時には若手限定の2部練にも参加し、時間の許す限り現役選手と一緒に汗を流した。チームがオフの日にクラブスタッフに連絡し、西谷のグラウンドで一人で練習をしているという噂も耳にしたことがある。
もちろん、指導者としてチームに携わっている以上は、選手たちの技術向上のサポートをすることが最優先。ただ一方で、「軽く一緒にボールを蹴る」程度ではなくしっかりと負荷をかけトレーニングに励んでいたのは、12月に控えた「最後の90分」で全力を発揮するための体力維持を兼ねていたのだと、ようやく答え合わせができた。
ラストを飾る、3本目フリーキック
迎えた、12月17日の試合当日。
前半、横浜FCのOBと現役選手による「YOKOHAMA FC FRIENDS」チームの一員としてピッチに立った中村は、開始6分にフリーキックのチャンスを獲得。マリノス時代の大先輩・川口能活が立つゴールマウスに向けて、ニアサイドを狙ったシュートを的確に枠に飛ばしてみせた。現役時代と変わらない精度の高い一発に、スタンドからはどよめきが沸き起こる。
事前にフリーキックでのハットトリックを目標にしていた中村は、最初の45分で2本のフリーキックを決め、小走りでロッカールームに戻った。さらに後半は「J-DREAMS」のメンバーとして背番号10を身に付けると、一瞬も休むことなく45歳の身体でフルコートを走り続けた。この日90分間ピッチに立ち続けたのは、中村ただ一人だ。
そして、試合終了を目前にした89分に最後の見せ場を作ると、宣言通り3本目のフリーキックでネットを揺らす。キャリアを締めくくる完璧すぎるゴールに、また観客は心を奪われたに違いない。
タイムアップの笛が鳴り、拍手と歓声が沸くなか、史上最高とも言える引退試合は幕を閉じた。中村は、会場に集まった14825人の観客の前で、最後まで“中村俊輔”を全うした。
私たちはきっとこの先、50年先も100年先も忘れないだろう。日本一サッカーにひたむきで、努力家な最高の選手の存在を。
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