風間八宏は、なぜ“完全密着”を許可した?選手・監督が無料公開に肯定的な理由|Jクラブを凌駕する、南葛SCのYouTube革命

難波拓未

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2024.08.25

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風間八宏は、なぜ“完全密着”を許可した?選手・監督が無料公開に肯定的な理由|Jクラブを凌駕する、南葛SCのYouTube革命

難波拓未

Writer / 難波拓未

Editor / 北健一郎

試合当日のロッカールームの様子や試合中の監督の指示、練習メニューや戦術ボードなどの細部が密着ドキュメントによって公開されている。『Jクラブを凌駕する、南葛SCのYouTube革命』では第1回・第2回と岩本義弘GMインタビューをお届けした。第3回では練習に潜入取材するなか、風間八宏監督、今野泰幸、玉城峻吾、佐々木達也にリアルな声を聞いた。
(第3回/全3回)

高まった注目度を最大化する

「風間さんが監督になって注目度が上がったことを感じましたし、南葛SCの素(す)を発信することでより多くの人に注目されるんじゃないかと思いました」

そう話すのが、4選手で構成する主将の1人であり選手密着回の1本目を飾ったMF玉城峻吾だ。筑波大学時代に風間監督の指導を受け、ツエーゲン金沢、FC今治を経て2022シーズンから南葛SCでプレーしている。風間サッカーを支えるボランチは「密着されたことがなかったので緊張しました」と笑いながらも、密着ドキュメントの効果を感じている。

「選手と社員の両方の姿を見せられたことはよかったと思います。金沢や今治の時から応援してくださっているファンやサポーター、友人からも連絡をもらいました。YouTubeを通じて自分が今やっていることを知ってくれたのはうれしかったです」

東京都葛飾区をホームタウンとする南葛はかねてから積極的に発信活動を行ってきた。所属する43人の選手全員がX(旧Twitter)アカウントを開設し、試合やクラブ主催のイベント、パートナー企業の宣伝などを行っている。SNS戦略は選手が地元の商店街や企業に直接足を運ぶ地道な営業戦略と組み合わせて本拠地の盛り上げに一役買い、パートナー企業は300を超えた。そんななか、YouTubeでの密着ドキュメントは、地域密着型のクラブの存在をより広くより多くの人にアピールすることに成功している。

2024年2月に「風間八宏監督とともに 新生・南葛SCが始動!|南葛SC密着ドキュメント #1」を公開すると、瞬く間に再生数が20万回以上を超え、8千人だったチャンネル登録者数が一気に2万人に増加した。そして3月4月もセレッソ大阪に次いで、日本のサッカークラブで2番目に多くの登録者を獲得している。

見られる人の数が増えることに越したことはない。現在Jリーグには60クラブが所属し、100以上のクラブがプロリーグを目指している。数多あるサッカークラブのなかで、唯一無二の存在になるためには、ホームタウンを超越した影響力も必要になる。

広島県の瀬戸内高校3年時に全国サッカー選手権大会で選手宣誓を行い、青山学院大学卒業後に加入して2シーズン目を戦っているMF佐々木達也は外に向けて発信することの大切さだけではなく、密着ドキュメントが自身の成長の手助けをしてくれていることも教えてくれた。

「毎週金曜日にアップされる密着ドキュメントは必ず見ています。試合での自分のプレーの振り返りにもなるし、どこが良かったか悪かったかを整理することもできる。自分たちがサッカーを通して成長する姿が最も残る映像だと思います」

自ら露出を増やすことでより広く認知度を高めると同時に、昇格を目標とするチームの強化にも好影響を及ぼす。類を見ないほど内部をさらけ出し、Jクラブも凌駕するハイクオリティで制作される密着ドキュメントは、外側と内側の両輪で確実にプラスをもたらしている

動画からスタジアムへ

再生回数やチャンネル登録者などの数字が大きくなり、サッカー界で話題になるのは喜ばしいことだが、ピッチで戦うチームは一喜一憂していない。あくまでも彼らは目の前の試合で勝つことに心血を注いでおり、勝利を積み重ねた先にあるJリーグ参入を見据えている。

ただ、練習内容、ロッカールームでのミーティング、試合中の指示など、あまりにも多くのことを公開し過ぎではないか。対戦相手に研究材料を提供していると捉える人がいても不思議ではないし、実際に南葛と対戦するチームはYouTubeで対策を練っているだろう。しかし、そんな心配は杞憂のようだ。風間監督は凛とした表情で語る。

「動画を見てもわからないよ。映っているのはあくまでもほんの一部だから。実際に『あんなに出して大丈夫なんですか?』と心配の声をもらうこともあるけど、一部を見ただけでは南葛のサッカーは理解できないから大丈夫」

元日本代表でワールドカップにも出場したMF今野泰幸も「動画がすべてではない」と冷静だった。

選手にとって、SNS発信は能動的だ。自分で伝える内容を決め、言葉を選ぶなど伝え方を考える。しかし、密着ドキュメントは受動的なもの。試合や練習、仕事に取り組む姿が撮影され、世の中に発信される。だからこそ、自然体のチームの様子を視聴者は見ることができるのだろう。

練習中、カメラ映りを気にする選手は誰もいない。目の前のボールを懸命に追いかけ、ハイテンポでショートパスをつなぎ、鋭いターンを織り交ぜながら、ボールと人が動くサッカーの成熟に注力する。その様子を撮影スタッフが最も近くから撮影し、生き物であるチームの一挙手一投足を伝えていく。

では、密着される監督や選手は動画を通して、なにを見てほしいのか、伝えたいのか。取材に応じてくれた風間監督と3選手に聞いた。

「動画がすべてだと思わず、試合を観に来てほしい。試合では面白いプレーやうまいプレーがいっぱいある。そういうところを含めて、選手たちに期待してほしいです」(風間監督)

「とにかく試合に勝ちたい。そこだけに集中しているので、試合に勝つところをお見せしたいです」(今野)

「南葛は単なるサッカークラブだけではなくスポーツクラブ。サッカーと仕事を両立して頑張っている姿や取り組みを見てほしいです」(玉城)

「練習の動画をきっかけに南葛のサッカーに興味をもった人がスタジアムで試合を見て、『練習していたのは、こういうプレーだったのか』と照らし合わせながら楽しんでもらいたいです」(佐々木)

密着ドキュメントを続けた先に、南葛はなにを手にするのか。悲願達成の瞬間をより広く多くの人に届けることはできるのか。Jクラブを超越した本気度で公開される南葛SC密着ドキュメントは、これからもクラブに関わるすべての人の信念を包み隠さず伝えていく。

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