Michel Fabian / Ebenter Samuel
時代はパーソナル?施術レベルに優れた日本人が欧州で生き残る方法|“世界のヒデ”も重宝した日本人トレーナー・山本孝浩
Writer / 小津那
Editor / 難波拓未
「来月、イタリアに来てよ!」と中田英寿に誘われてから22年。山本孝浩はトレーナーの海外組としてヨーロッパで生き残ってきた。山本のように、今後ヨーロッパで活躍する日本人トレーナーは増えるのか。ヨーロッパの現状や日本人トレーナーの可能性について熱く語ってもらった。
(第3回/全3回)
日本人トレーナーは熱心でレベルが高い
──日本人トレーナーはヨーロッパ内でどのように評価されていますか?
海外で一緒に働いているスタッフや選手は、「日本人はすごく仕事熱心だし、 マッサージや 針治療、テーピングなど施術のレベルが高い」と言っています。日本人トレーナーがいるという理由で移籍先を選ぶヨーロッパの選手もいるくらいで、トレーナーのテクニカルな部分の評価は非常に高く、信頼されています。
──他の日本人トレーナーと接しても、世界に誇れる施術レベルがあると実感していますか?
僕が若い頃は、日本人は技術を身につけるためにたくさん練習するという習慣がありましたけど、今はそれが少しずつなくなっていて心配です。練習はたくさんやるに越したことはないです。海外に出た時はそれが強みになりますし、練習量が外国人よりも自分たち日本人が評価される理由だと思います。
昔は徒弟制度というか、師匠と弟子の関係性で、新しく入ってきた若いトレーナーは掃除を含めて日常生活の業務が完ぺきにできるようになって、次のステップで師匠や先輩にマッサージやテーピングのテクニックを教えてもらっていました。長い下積み期間を経て、初めて患者さんや選手の体を触らせてもらえるという感じでした。
外国人トレーナーは学校を卒業した後は誰も教えてくれないし、いきなり現場に出される。日本人のように現場に入ってから練習する感じではないそうです。
日本人は勉強熱心ですし、そういう国民性がアドバンテージにはなります。ただ、「日本人」というくくりよりは、自分次第ではあります。トレーナーは1人で仕事をしないといけないし、自分で技術を向上させようという強い思いが大事になってくる。やっぱりメンタルがしっかりとしていて、自分からどんどんやっていければ、若くても伸びていくと思います。
──2002年に中田英寿さんから誘われて渡欧し、20年以上活躍されています。今後は選手と同じようにヨーロッパに進出する日本人トレーナーは増えていくのでしょうか?
同様の質問を専門学校の先生に聞かれることがあり、やっぱりヨーロッパに行きたいと思う若い子は少なくありません。ただ、懸念点はライセンス制度がどんどん変わっていることと、ビザの問題です。ビザの壁は本当に高く、日本人にとっては難しいところがたくさんあるのが現状です。
国によりますが、一つの国で約5年間仕事をして税金を納めると、その国の永住権のようなものが付与され、それを取得してしまえば、普通にその国の人と同じように仕事ができるんですけど、そうなるまでがすごく大変なんです。
ヨーロッパ内では日本人トレーナーの評価が高いので、求めているクラブはありますが、ビザやライセンスで引っ掛かってしまう。そういう事情があって、日本人からクラブに履歴書を送るアプローチはなかなか難しいですね。
──ヨーロッパでできる実力があっても、ビザの問題が立ちはだかる。
僕がイタリアに来た当時はだいぶ緩かったですけど、今はヨーロッパ全体が厳しくなっています。トレーナーとして渡欧したいなら、若い子は行きたい国の専門学校に進んでマッサージなどトレーナーに関するライセンスをなにか一つでも取れれば、道が拓けてくると思います。
──ヨーロッパで働く道がないわけではない?
遠回りのように感じるかもしれないけど、現地の学校で頑張ってその国のライセンスを取得する。そうすると、現地の子と同じように就職活動でいろんなチームに履歴書を送ることができます。学生ビザは卒業後1年ほどは就職先を探す猶予期間があるので、その間にいろんなところに当たってみる。今はヨーロッパ内に約100人の日本人選手がいるので、自分からコンタクトを取って、その選手のパーソナルトレーナーとして雇ってもらう可能性を模索することも有効だと思います。
可能性を広げる個人トレーナーという選択肢
──今後はどのようなキャリアやトレーナー像を描いていますか?
年齢的にけっこうしんどくて、引退が近いのかなっていう感じです(苦笑)。やっぱり体力勝負なので。
一般の患者さんを相手にするのであれば大丈夫ですけど、年々感じているのは選手の体がどんどん大きくなってきていることです。今は主にイングランドで仕事をしているから特に感じているかもしれませんが、スペインやイタリアに比べると大柄な選手ばかり。そういう選手たちの施術をするのは体力が必要になります。
──ケアする側にもパワーが求められる?
脚を持って関節の可動域を広げたりするモビライゼーションというのがあるんですけど、そういうのはかなりの力仕事で、体力をもっていかれます(笑)。サッカーの現場で屈強な男を相手にしていると、年を取っても一般の人に余裕をもって施術できるというのはポジティブなのかもしれませんが(笑)。
──気力と体力が続く限り、ヨーロッパで戦っていく?
日本からヨーロッパに来る他のトレーナーの子は、数年経ったら日本に帰って治療院を開いたりする人もいます。そういうやり方はあると思いますけど、僕はけっこう行き当たりばったりです(笑)。
幸運なことにヒデ(中田英寿)がイタリアに呼んでくれて、時代的にもビザが厳しくなくて、仕事をしている間にいろんなところにクラブの知り合いが増えていった。イタリア代表もヒデがパルマにいた時の監督が代表を率いることになり、「暇だったら来ないか?」と誘われて帯同しました。当時のフィットネスコーチやスタッフは元同僚ばかりでしたから。
つくづく、ラッキーだったなと思います。
──これからのトレーナーの働き方はどのようになっていくでしょうか?
今は選手個人がトレーニング講師や栄養士、メディカルスタッフを雇っている時代なんです。チームに入るのはビザの問題で制約があるので、何人かの選手には「クラブとの契約書に自分の個人トレーナーをチームの中に入れるという契約の仕方もあるんじゃないか」と話をしています。それができれば選手にとって信頼できる日本人が常に近くにいることになるし、日本人トレーナーの可能性も広がると思う。日本でトレーナーを志す人が希望を持てるようになったらいいなと思っています。
──貴重なお話をありがとうございました。
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