田中里穂「ただ試合に出るためじゃない」価値の証明|サッカークラブらしくない女子チーム

北原基行

女子サッカー

2024.03.19

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田中里穂「ただ試合に出るためじゃない」価値の証明|サッカークラブらしくない女子チーム

伊藤千梅

Writer / 伊藤千梅

どんな時も結果を求められるのが競技スポーツだ。しかし、FCふじざくら山梨は競技以外でも等しく結果と“過程”を求められる。なぜなら、コンセプトが「プレイングワーカー」だから。2019シーズンのオリジナルメンバーである田中里穂は当初、その要求に戸惑っていた。なぜ、そこまでしないといけないのか。彼女はこの4年で、その意味とクラブの価値を知り、今はその本質を後輩に伝えられる選手となった。
(第3回/全4回)

初代監督に導かれて加入した“1.5期”メンバー

田中里穂は、FCふじざくら山梨の1年目から所属するメンバーの一人だ。

ただ、クラブが始動した2018年11月には、まだ名前はなかった。現在WEリーグに所属するノジマステラ神奈川相模原で3年目を迎えていた田中は、試合に絡めない日々が続いていた。そんな時にノジマステラでの恩師であり、ふじざくらを指揮していた菅野将晃監督に声をかけられ、二つ返事で移籍を決意。2019年8月からチームに加わった。

田中は、今でこそクラブ理念をピッチ内外で体現する選手だが、入団当初からそれができていたわけではない。このクラブには、ただ“試合に出る場所”を求めてたどり着いた。

「クラブのコンセプトはそんなに気にしていなかったし、『サッカー選手として試合に出たい』というのが入団した一番の理由だった」

彼女の意識は、少しずつ変わっていった。1年目に11人だったチームが年々選手層を増していくなかで、田中は2021年の“4人キャプテン体制”のうちの一人に、当時22歳の最年少で選出された。

どんなに自分が不調でも先頭に立たなければいけない責任に押しつぶされそうになったことも、なでしこリーグ昇格を逃して泣き崩れた日もあった。

それでも、悲願のなでしこリーグに昇格した昨シーズン、再びキャプテンとしての経験を積んだことで、顔つきが変わった。それと同時に、田中のなかに“変化”が生まれた。

「このクラブに来るまでは、ただ『試合に出たい』と自分軸で考えていた。でもここに来てからは、現場スタッフじゃない人を含めて、ふじざくらに関わる全員のために自分が頑張りたい気持ちが出てきた」

選手や現場、フロントスタッフの垣根がなく、戦う場所は違えど、同じ目標に向かっていく。田中にとって、このクラブは試合に出るためだけの場所ではなくなっていた。

田中が4年間で身をもって学んだクラブの価値

「プレイングワーカー」をコンセプトに掲げるふじざくらは、女子サッカーのロールモデルとなるクラブだ。「働きながらプレーする」環境が女子サッカーの主流だが、「働くことで自分のキャリアを高める」ことを目指している。

競技でも一流、社会でも一流。“ただ働く”とは少し捉え方が異なるその意味を、選手が本質的に理解するのは簡単なことではないのかもしれない。

だからこそ、ふじざくらの真骨頂と言えるピッチ外の活動が、大きなヒントとなる。

サッカー教室や農業など幅広く活動するなかでも、試合のあるなしに関係なく選手たちが発信するSNSの投稿は、非常にアクティブでユニークだ。

田中もSNSで自炊の写真をアップするなど「食」の分野で投稿。発信から派生したスポンサー企業との“コラボ弁当”は、今シーズンの開幕戦で第14弾になった。

とは言え田中は、最初からSNSに意欲的だったわけではない。

「サッカーで結果を残さないと認知度も上がらないし、『なんでこれをやらなきゃいけないんだろう』と葛藤していた時期もある。SNSは有名な選手がやることに需要があると思っていたし、正直『自分なんて』と思うことも多かった」

発信に前向きになれたのは、成果が表れるようになったからだ。

「自分のやりたいことを探しに来た」という新入団選手が増えたことも、なでしこリーグ1年目の昨シーズン、平均来場者数は622人に到達したこともそう。「活動が実を結んでいる」という実感がモチベーションになった。

クラブの取り組みの意味が明確になり、ピッチ外の姿勢も変わった。始めは自分が発信に疑問を持っていたからこそ、新加入選手には「なぜこれをやるのか」を伝えている。

「発信する理由が『みんながやっているから』となりがちだから、『なぜやるのか』まで伝えられたらいいのかなと」

田中が思う、発信の理由。それは、地域の人たちとの関係を築いて「相乗効果」を生み出すためだ。

地域のお店に足を運び、自分たちが発信することで、地域の人たちにとって“知っている選手”になる。お互いの認知が生まれて初めて、応援され、それに応えるための活力が沸くことを知った。

「自分たち選手が主体的に地域の人とコミュニケーションを取ることで『応援してくれる人たちのためにサッカーで結果を残したい』という強い思いが出てくることを去年、実感した。自分たちが力をもらっているからこそ、地域の人にプレーする姿を見てもらって『あの子も頑張っていたから、明日からまた頑張ろう』と思ってほしい」

地域との関わりが、彼女を強くした。その本質が「プレイングワーカー」の肝となる。選手は、ピッチでプレーして高みを目指し、仕事をしてキャリアを磨き、地域の人と触れ合いながら、己を研鑽する。田中が過ごしてきた4年とは、ふじざくらの価値そのものだ。

自らのピッチ内外の振る舞いで価値を証明し続ける田中は、なでしこリーグ2年目となる今シーズンも変わることなく、キャリアを高め続けていく。

FCふじざくら山梨 公式HP

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