ヴィアマテラス宮崎
アンタはアンタでいいじゃない|元女子日本代表・齊藤夕眞が見つけた最高の“居場所”
Writer / 増島みどり
男性ホルモンの投与を受けたものの身体への負担が大きく、齊藤夕眞は「自分は本当に男になりたかったんだろうか……」そんな疑問を抱き始めた。
そんな時、LGBTQ⁺のQ⁺(クエスチョニング/クィア)の生き方、考え方を知る。男でも女でもない、自分として生きる──探し続けた場所を見つけられた思いがした。
一方で、すでに男性ホルモンの投与は止めていたが、一度受けた以上、女子サッカーに戻るのは不可能だと諦めていた。
2020年12月、九州女子リーグからスタートしようとしていた新チーム「ヴィアマテラス宮崎」の存在を教えられ、連絡を取る。
秋本範子代表をはじめ関係者に対し自分は性的マイノリティであり、治療を一度受けたと告白をすると「女子でもプレーできるんじゃない?」と、受け入れてくれた。
同時に、秋本代表らは齊藤を加入させるために「チームの体制を整える」と、県サッカー協会やドクターらと連携して性別やドーピング規則を確認。そもそも齊藤の男性ホルモンはルール上の規定値を下回っているデータなども集めて女子サッカーへの復帰に奔走した。
初めての土地で選手登録する名前も、引退前の「あかね」から「夕眞」に変わっているので説明しないわけにはいかない。ところが地元の人たちに自分の状況を伝えると、「説明してもみなさん、LGBTQを分からないからかピンと来ない様子でポカーンと……」
加入当時を振り返り齊藤は笑う。その時地元の高齢者たちにかけられた、忘れられない言葉がある。
その言葉を聞いた時、心と身体の相違がなくなり、「自分はここにいていいんだ」と背負い続けた重荷を下ろせた気がしたという。20年以上かかったが、ようやく。
(第2回/全3回)
もう一度、女子サッカーでプレーするために
――宮崎に移籍したのが2020年12月、初めて「Q⁺」を公表したのはいつでしたか。
2021年5月でした。一度女子サッカーを引退して行った治療については、それまでのクラブのチームメートも知っていましたし黙っているわけにはいかない。そもそも名前が変わりましたから、カミングアウトするんだ!といった構えた感覚より、初めての土地だからちゃんと自己紹介をしなくては、と、そんな気持ちでしたね。「あかね」が「夕眞」になった理由もそれぞれに説明するのは難しいので、公表するのが一番いいかなと。サッカーでいうならファーストタッチで全てが収まった、自然な流れで全てを公表できた、そういう感じでした。
――カミングアウト、とか、性的マイノリティへの関心を高めるといった主義主張を訴えるものではなかった。
はい、そういうつもりはありませんでした。それまでは、公表はしていなかったけれど、身内で分かっているからあえて外に言わなくても済んでいた面がありました。ハレーションが起きないように、お互い加減が分かっているよね、そういうものだよね、と割り切ってきたんです。
――ヴィアマテラスともしっかりとコミュニケーションが取れていたんですね。
もう一度女子サッカーでプレーをするにはどうすればいいかを話し合い、私を守るためにも、まず正しい知識、情報が必要だとの考えで動いてくださった。正確な情報と、根拠を専門家に聞いて、男性ホルモンの投与も止めたので数値でも問題ない、とプレーが可能になりました。性に悩んで女子サッカーを辞めていった選手は大勢いましたが、戻って来た例はあまりないと思います。チームメートにも、自分はこうだけれど、どう思うかはみんなの自由だからと、そういうスタンスでいます。
アンタはアンタ。それでいいじゃない
――新富の町の方々は?
とても気にしていたんですが、全てを話したら、「それ(Q⁺)何?」って。よく分からないからもう説明なんていいよと言われて……私たちは難しい話はよく分からんけれど、アンタはアンタ。面白いし、明るいし、いい子じゃないか。それで十分だよと言ってもらって、初めて、あぁ、ここにいていいんだ、初めて全てを受け入れてもらえた、そんな気持ちになりましたね。
――都会で多様性とかダイバーシティと言葉が先行するのとは違い、自然な歓迎ですね。
宮崎に来て初めて自分を好きになりました。それまではなでしこリーグで勝つ、トップを目指す、と勝利ばかり目標にしていた。でも宮崎に来てからは、上を目指す気持ちは常に持っているけれど、自分の経験は誰かの、何かの役に立つんじゃないか、チームにそれを還元できるのではないかと、そういう視野ももてた気がします。
――講演活動も積極的にされているそうですね。
当事者として公表するのが全ていいとは思いませんし、現状を変えていこう、とか、国にもの申していこうといった考えは今もありません。みなさんに齊藤夕眞を知ってもらえたら、悩みから少しは楽になる人もいるんじゃないか、知らなければ差別をするかもしれないけれど、私を知れば、あぁ、そういう性の考え方もあるんだと違いが分かってもらえるかもしれない。洋服の好みも、好きな食べ物も、好きな人もみんな違いますよね。それと同じで、私のような考え方や生き方もある。LGBTQを知ってほしいから活動しているのではなく、自分の思いを自分の言葉で発信して、もしそれが同じ悩みを抱えている人たちの助けになるのなら本当にうれしく思います。
――今の職場は?
私たちヴィアマの選手は3年間、新富町の役場に「地域おこし協力隊」として勤務します。自分もイベント班に在籍して地域企業のみなさんと営業を担当しました。ほかに広報、施設管理、そして人手の足りない農家さんを手伝う農業班と4つの班があります。私は今年3月1日からスポンサー企業で障がい者の方々の雇用を支援する「サンプラス株式会社」に勤務しています。新富町の隣の高鍋町にあって、こちらにもLGBTQの話をしたとは思いますがみなさん、ふーん、そうなんだ……といった感じですね。むしろ居心地がいいのでありがたいんですが。
――ハレーションが起きないよう、起きないようにと過ごした頃と大きく変わり、公表したためにハレーションは起きるのでは?
テレビでも取り上げられ、私が出れば出るほど賛否両論、XやSNSでも様々な意見が出ますよね。でも、公表してからは自分の心と表現したいものの相違がなくなり、居場所があると感じられる。他人や会社にどう思われるかを優先して考え、丸く収まればいいんだからと自分を封印した時とは違って、今は自分を表現できる。だから気にはなりません。
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