Taisei Iwamoto
なぜ冨安健洋は“鬼軍曹”になったのか?|森保ジャパン アジアカップ戦記 vsイラン
Writer / 安藤隆人
優勝を目指しながらベスト8に終わったアジアカップ。大会期間中、チームに厳しい目線を向け、アラートを鳴らし続けてきたのが冨安健洋だった。25歳ながら、チームリーダーとして振る舞うようになった男は、1年前とはまるで別人だった。
“優等生”からのキャラ変
「勝ちに値する試合ではなかった」
イランに1-2で敗れてベスト8で敗退後、冨安健洋はバッサリと切り捨てた。
「グループリーグの1、2試合目は間違いなくアジアのチームへの油断だったり、甘さだったりが出た。イラクに負けて『そんなに甘くないよ』と分かった上で、インドネシア、バーレーン戦を戦った。でも、イラン戦で難しい状態に陥ったときに何ができるかが問われた。いい時は当たり前のようにできるけど、悪いとこれまでのことが帳消しになってしまう。熱量やピッチ上の振る舞いも含めて、もっとやらないといけないし、戦わないといけないのに、その熱量の部分はこの試合の後半は特に感じることはできなかった」
アジアカップにおける冨安の立ち振る舞いは、もはやチームのリーダーのようだった。
ミックスゾーンに姿を表すと、お茶を濁すのではなく、ズバッとチームの問題を指摘する。勝った試合の後も、あえてムードを引き締める。昔の冨安を知っている人間からすると、この変化に驚きと頼もしさを感じる。
高校時代からサッカーに対して非常にストイックな選手だった。炭酸やジュース、お菓子は口にしない。食事面に気をつかい、コンディションの調整に常に余念がなかった。
サッカー選手としてメキメキと頭角を表す中で、人間性もさらに磨かれ、周りが絶大な信頼を置く存在だった。人の悪口や不満は口にせず、トップに昇格をしても練習の準備を率先して終える。
どちらかというと優等生タイプ。しっかりと相手の話を聞いた上で、感じたこと、思ったことを言葉に出す。その物言いは自分のことに関しては厳しい表現が多かったが、自分以外のことに関しては周りへの配慮に満ちていた。
しかし、アジアカップでは前述した通り、チームに対して厳しい言葉を迷わず口にしていた。
「もう嫌になる」と口にした日
時計の針を1年前に巻き戻す。カタールW杯の決勝トーナメント初戦のクロアチア戦。延長戦、PK戦にもつれこむ死闘の末に敗れた試合後のミックスゾーン。うなだれながら声を絞り出す冨安の姿があった。
「表面だけじゃないところをどれだけこだわることができるか。目に見えない部分かもしれませんが、そこを怠るか怠らないかで結果が変わってくると思います。本当にまだまだなんだと思います。まだ先のことを見る感情にはなれないですし、難しいですね」
大舞台で実力を発揮しきれなかった自分を責めた。
「本当に何やっているんだろうという気持ちが強い分、まだ先が見えません。僕の中で今大会は今日も含めてトップパフォーマンスを出せた試合はなかったですし、怪我もあって……もう嫌になりますね」
初めてのW杯は不完全燃焼に終わった。この試合を境に自分に対する向き合い方がよりストイックになっていく。徐々に敗戦のショックから立ち直り、先が見えてくる中で、日本代表における自分の存在意義、そしてやらなければならないところを見出したのではないだろうか。
キャプテンの吉田麻也から22番を引き継ぎ、新たなDFリーダーとしての責務を任されたことも大きく、自分だけにベクトルを向けるのではなく、日本代表というチーム全体にも目を向けて、改善すべきところ、伸ばしていくべきところはチームのために積極的に発言をする。
もちろんプレー面でも彼の存在感は際立っていた。まだ代表キャップ数が少ない選手たちへのサポートはもちろん、自らの発信で抜群のライン設定やラインコントロールを随所に見せ、ボランチの守田英正は「ライン設定など、全体のポジションの微調整をしてくれる。周りが良かったから僕はいい立ち位置を取れる。チームとしても大きな存在」と絶大な信頼を寄せていた。
イラン戦の最後は失点に絡む形になってしまったが、この男が日本を救ったシーンがどれだけあったか。間違いなく今大会の日本代表のMVPは冨安だった。
「今日の負けがあったから強くなれたと言えるようにならないといけない」
日本のDFリーダーとして、チームの牽引者として。負けを乗り越えて、冨安はすごみを増していくだろう。
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