「NAKAMURA」を追いかけて|中村俊輔 引退試合ドキュメント 夢を叶える左足

YOKOHAMA FC

Jリーグ

2024.01.11

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「NAKAMURA」を追いかけて|中村俊輔 引退試合ドキュメント 夢を叶える左足

青木ひかる

Writer / 青木ひかる

昨年10月に現役引退を発表し、代名詞の左足フリーキックで世界中を虜にしたレジェンドが、約1年2カ月ぶりに復活を遂げた。1997年4月16日のJリーグデビュー戦から、26年。“はじまりの地”・ニッパツ三ツ沢球技場には、中村俊輔に魅了された老若男女のファン・サポーターが一同に集まり、「ありがとう俊輔」の思いを胸に1日限りのこの特別な一戦を楽しんでいた。
(第1回/全3回)

倍率3倍のプレミアチケット

2022年10月18日。
日本が世界に誇るレフティーが、“プロサッカー選手”としてのキャリアに区切りをつけることを決めた。

発表から経て、2023年12月17日に実施が決定した引退試合には、川口能活や中澤佑二、稲本潤一や小野伸二をはじめ、中村とともにリーグを盛り上げ、日本代表として活躍した錚々たるメンバーが集結。Jリーグ30周年の締めくくりにふさわしいスペシャルマッチ開催の一報は、リリース日から大きな話題を呼んだ。

開催場所は、収容人数約15,000人の三ツ沢球技場に決まった。「もっと大きな会場でやらないの?」という声も相次いだが、初プロデビュー戦を戦った特別な場所でラストを飾りたいという、中村自身の強い意志は揺らがなかった。

11月に抽選で売り出されたチケットは予想を上回る争奪戦となり、販売数の約3倍の応募が殺到。SNSでは、「チケットサイトにアクセスすらできなかった……」と嘆きの声も散見された。

試合当日。

普段は水色で染まる三ツ沢公園の敷地内は、青、緑、エンジ、水色、白……と、これまで中村が所属したクラブの応援グッズを身につけて歩く大勢のファン・サポーターが公園の敷地内を彩る。

「今日だけはノーサイドで」と言わんばかりに、バックスタンドからメインスタンドを繋ぐ一本道では、マリノスの青いユニフォームと横浜FCの水色のユニフォームが入り混じる。リーグ戦の“横浜ダービー”時には、ホーム側とアウェイ側の通路が分けられる超厳戒態勢のため、普段は見ることができない珍しい光景だ。

そして出入り口では、「チケット余っていませんか?」「1枚求めています」と、ワンチャンスに懸けるファンの姿も見受けられた。

「あのフリーキックを、もう一度見たい」

試合前から溢れんばかりの期待感が、より一層会場を盛り立てていた。

たとえ試合が見れなくても

取材受付を済ませ、普段以上にお祭り感万歳のスタジアム周辺を散策していると、ふと、ひと組のカップルの姿が目に止まった。“のぼり”と一緒に写真を撮る2人の手には、マリノス時代の似顔絵が描かれたゲートフラッグ。しばらくどこかに仕舞い込んでいたのか、少し端が黄ばんで色褪せた布地には、中村の直筆サインが入っていた。

写真を撮り終えたタイミングで声をかけると、少し驚きながらも、熱い胸の内を語ってくれた。

「実は……。今日のチケットは持っていないんです。2人で応募したんですけど、両方外れてしまって。でも、たとえ試合を生で見れなくても会場の雰囲気を味わいたいなと思って来ました。これも自分で作って、マリノス時代の10年くらい前にサインも入れてもらった宝物なんです」

ぎゅっとゲーフラの端を掴みながら、男性は続ける。

「あれだけ観客全員を虜にする選手は、後にも先にも出ないんじゃないかなって。本当にフリーキックの蹴り方もめちゃくちゃ真似して練習したし、スパイクも何から何まで全部真似していました。本当に本当に、大好きな選手でした」

思い返せば小学生の頃、同じクラスのサッカー少年たちはたいてい「NAKAMURA」の日本代表ユニフォームを着ていた。おそらく私と同年代の目の前の彼も、同じように小さい頃から何度も何度も、あのキックフォームを練習し、長年スタンドやテレビからスターの活躍を見守ってきたのだろう。

溢れそうな涙を堪え、最後は笑って2人はその場を後にした。

「心からのありがとうと、お疲れ様でしたを伝えたい」

そのまっすぐな思いはきっと、本人の心にも届いているはずだ。

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